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名所旧蹟より「街歩き」旅

ふるさとの宿 こばせで食した「開高丼」

かねてから、その名称だけは聞いたことがあったが、実際にどんなものであるか詳細を知ったのは、いまから3年前のことだ。教えてくれた地元出身の知人が、故郷に帰って毎年必ず食べに行くという「開高丼」。そう、もちろん作家の開高健にちなんだ、この季節にだけ供される海の宝石箱のような丼物だ。

知人から教えてもらったときは、すぐにでも出かけて行って、実際に自分の舌で味わってみたいと思ったのだが、残念ながら、そのときは春。まだ季節には程遠かった。開高丼が供されるのは、11月上旬から2カ月間。しかし、予約は夏に始まり、すぐに埋まってしまうという。

1年目、忙しさにまぎれて、予約を怠る。2年目、少し遅れて予約の電話を入れたが、残念ながら、すでに希望の期間は埋まっていた。3年目、万難を排して、予約開始日に電話の前に陣取る。予約は、電話でのみの受付。かなりのアナログだ。

受付開始時間ジャストに電話を入れるが、案の定、話し中。かけ続けること14回、ようやくつながる。こちらの希望日を伝えると、幸運にも予約が取れた。その場で名前と連絡先を伝え、それから4カ月余り、先方からのリマインドの電話もなく、なにせ電話での口約束のようなもの、多少不安になりながらも、その日を待つことになった。

潮騒をBGMにして食べる



開高丼を供するのは、福井県の越前町梅浦にある「ふるさとの宿 こばせ」だ。1965年の冬、この地に足を運んだ開高健が、連日、蟹三昧の宴を張り、大食漢でも知られる作家は何杯ものカニを平らげたという。ついには、もてなすものに窮した館主が、ご飯のうえにズワイガニのメスであるセイコガニの身やタマゴやミソをふんだんに盛った丼物を供したという。

のちにアマゾンやアラスカをはじめ、美味を求めて世界中を旅した作家は、この丼物にいたく心を奪われ、この料理を「開高丼と名付けなさい」とご託宣したという。

「これほど繊細、精巧をきわめた、めざましく襞細やかな作品が、あの暗鬱な、荒い海のなかでうまれるのである」と、名付け親の作家は、この開高丼を表現している。

旅館「こばせ」は、正直言えば、けっして高級旅館ではない。夏には学生たちが合宿で利用する宿だ。建物もけっして新しいものではなく、海に面して建っているため、傷みも目立つ。ただ、ロケーションは最高だ。日本海に沈む夕陽は圧巻という言葉に尽きる。部屋からの壮観な眺めも、開高健は「ロシアや朝鮮も目のあたり」と評した。



開高丼は、その日本海を望む部屋で、潮騒をBGMにして供される。海の宝石箱を迎えるのに、舞台装置は完璧だ。今回頼んでおいたのは、カニのコースに開高丼が付くもの。8月1日からの予約では、コース料理のみとなるためだ(開高丼のみの予約は10月からだが、こちらはかなり予約の難易度が高くなる)。

文=麻桐 修

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