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そのころから意識していることがある。現場と思いを分かち合うことだ。

「高いところに手を伸ばそうと職人がつくったものの上に乗ったら、『バカヤロウ、脚立を使え』とこっぴどく叱られました。自分も家具をつくっていたのに、忙しさにかまけて、職人が魂を込めてモノをつくっていることを忘れていました」

制作は時間との勝負だ。施設のオープン日は決まっていて、何があっても動かせない。百貨店の改装で壁を壊したら奥から図面にない壁が現れて、倍の作業が必要になったこともある。高橋曰く、「現場は玉手箱」だ。

混沌の中で設計者や職人が「ここをやり直したい」とこだわりを見せると、現場はさらに修羅場と化す。計画通りに工事を進めるためには、設計者や職人の思いを汲みつつ、こちらも説得をしなければならない。そのとき彼らを動かすのは、上がどれだけ現場の近くにいるかということだった。

2001年に開館した「鳥取二十世紀梨記念館」の展示で、映像チームが梨のルーツを求めてシルクロードをたどるムービーをつくった。高橋はすでに部門長となっていて現場の担当者ではなかったが、わざわざロケに1週間参加。中国の敦煌から現地に入った。

「砂漠の真ん中で、バスが壊れて止まったんです。よく見ると、オイルが漏れている。驚いたことに、それでも運転手は平気でたばこを吸っていました。結局、テープで塞いで町まで走ったけど、いつ爆発してもおかしくなかった(笑)」

危機一髪のサバイバル体験を面白おかしく話す高橋。こうした経験をスタッフと共有することで絆が深まっていくのだろう。

「実際に足を運ばないと、現場の苦労はわからない。一緒に同じ空気を吸うことが大切です」

酷暑だった今年の8月。作業服に身を包み、クーラーがついていない内装の現場を訪れ、職人に冷たいものを配って歩く高橋の姿があった。社長として会社全体をマネジメントする立場になったいまも、現場に寄り添う姿勢は変わらない。


たかはし・たかし◎1955年生まれ。高級な特注椅子の職人だった父の背中を見て育つ。都立工芸高校卒業後の74年丹青社入社。商業施設や博物館の制作で実績を積む。2010年取締役執行役員商空間事業部プロダクト統括部長に就任。16年副社長、17年4月から現職。

文=村上敬 写真=間仲宇

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