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未来の大学で出会った「新しい学びのかたち」


それを回避するにあたり、まず念頭に置いておきたいのが、科学者のなかの常識といわれる「サイエンスの法則」で、知識は推測にすぎず、絶対的な真実は決して存在しない、ということです。Epistemology(認識論)にもとづき、エビデンスは常に発展途上であり、専門家(科学者)は、仮説を様々な実験を通して検証していくことで、徐々に確立した知識をつくり上げていくのです。

そのプロセスにおいて、他の専門家からの賛成を得られることは不可欠です。しかしこうしてつくり上げられた知識も、科学者のあいだでは、あくまでも「正しい」と断定されるわけでなく、「反証(否定)できるに足らない」として扱われるのが一般的です。

しかし、この原則は重要であると同時に、科学者であっても無意識に忘れる危険性を含んでいます。「確証バイアス」という、人間が最も陥りがちな認知バイアスは、仮説を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視あるいは軽視する傾向があることが知られています。

さらに、似たような考え方をもった専門家同士が集まると、その傾向は無意識のうちに強まります。「あの専門家が承認したのだから、信頼できるだろう」という判断が働いてしまうからです。そして、複数から同意を得られると、これは信頼に足るものだろう、というコンセンサスに陥ってしまうのです。

たとえば、スペイン・マドリッドで起こった爆破テロ事件で、DNA鑑定を行ったにもかかわらず、米国人弁護士がテロ実行犯だと誤って実刑判決を受けたことは顕著な例でしょう。FBIや科学捜索班の専門家たちが、犯行現場から採集したエビデンスをもとに犯人を特定した結果、米国でイスラム系の妻を持ち、イスラム教に改宗した弁護士を、本人がスペインに行ってもいないのに、犯人だと断定してしまいました。

これは、犯行現場を調査した科学者たちの確証バイアスや、様々なステレオタイプ(偏見)が複雑に絡み合った誤判断だということが判明し、結局、米国政府は、のちに弁護士に示談金として約2億円を支払い、謝罪しました。

これほど深刻な判断をすることはないかもしれませんが、何事も解釈をするとき、絶対的な真実は存在せず、仮説は継続的に積み重ねられて信頼に足るものになっていくという原則を理解しているのといないのでは、導き出される結果に違いが出るのは確かです。

職業に限らず、誰もが何かしら専門性を持っているとすれば、専門外である周囲の意見にも耳を傾け、自分の偏った見方を、客観視するということが重要なのではないでしょうか。またアドバイスをする際にも、自分が正しいと思いすぎず、謙虚さを保つことも大事なのかもしれません。

連載 : 未来の大学で出会った「新しい学びのかたち」
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文=橋本智恵

ダニエル・カーネマン
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