アメリカの「知られざる移民」 掟に抗う少女のサバイバル

映画『ウィンターズ・ボーン』で主演を務めたジェニファー・ローレンス(WireImage)


枯れ草が生い茂り、針葉樹が曇天を刺す寒々とした冬の山景色。打ち捨てられた廃車群と点在する粗末な家。
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その間を、着古したセーターにヤッケを羽織り、父の消息を求めて黙々と歩き回るリー。寒さと乾燥で唇はひび割れているが、光る眼差しとしっかりした鼻柱、無駄なおしゃべりをしない意志の強そうな顎は、年齢に似合わぬ苦労を抱えてきたせいで大人びている。

薪割りをし、幼い弟と妹に猟銃の使い方を教え、リスを仕留めて解体方法を伝授するさまは、この土地でサバイバルしてきたヒルビリーの少女らしく、逞しい。

しかし、母を森に連れ出し「どうしたらいい?」と返ってこない答えを問う時の彼女は、道に迷って途方に暮れた子供のようだ。
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リーは再度サンプ・ミルトンへの接近を試みようとするが、彼に近い親族の女たちに襲撃され、酷いリンチを受ける。「警告したのに聞かなかった」のがその理由だ。ここにきて、父の失踪にサンプはじめ、ヒルビリーの村全体が関わっていたのではないかという疑惑が頭をもたげてくる。

殴られて顔を腫らしたリーに同情して連れ帰る叔父ティアドロップが言ったように、リーの父は警察の追求に、密造者は自分だけでないと匂わせたのだろう。それはヒルビリーの掟に背く行為だったから、ボスのサンプが保釈金を積んで彼を解放させたところで、「氏族を売った裏切り者」として男たちに殺害させたというのが、本当のところだろう。

彼らにとっては、法より何より、掟が「正義」なのだ。保安官に対してまったく動じないティアドロップの態度にも、それは現れている。

警察などはなから相手じゃない

父が何らかの禁忌を犯したのではないか? とは想像できても、怖れを知らずにあちこち嗅ぎ回り、何としても事実を突き止めようとしたリーは、まさに虎の尾を踏むような行為をしていたことになる。

共同体の原則に無知なまま、共同体を破壊しかねない危険な存在になった若い女性を、村人が放っておくわけはない。殺すか、死ぬほど痛い目に遭わせて口を封じるしかない。彼女をリンチしたのが全員女で男たちは手を出さないのも、掟に従った結果かもしれない。

しかし、そんな理不尽な制裁を加えられても、リーは警察に助けを求めない。大人になりかけた彼女も、法で守ってもらえるとは信じておらず、この世で自分自身しか頼みはないという厳しい人生観を身につけている。複雑なのは、リーを痛めつけた女たち(もちろんそれはサンプの指示だ)が、リーに手を貸す役割も引き受けるということだ。

夜中に人目を忍んで、彼女たちがリーを舟に乗せ川に漕ぎ出すところから、このドラマ中、最も息詰まる場面が展開される。一人の女に促され、恐怖と緊張と闘いながら黒々とした水の中に深く腕を突っ込むリーは、文字通り、目下の問題解決の糸口を掴むと同時に、「共犯」として再度、この村に深く絡めとられるのだ。

証拠物件を保安官の前に無造作に置いたリーは、先日ティアドロップの車を停めた保安官が結局彼を見逃した件について、「怖かったわけではない。君がいたから」と言い訳するのを、「怖かったのでは?」と上から目線で言ってのける。それは、法を代理する警察などはなから相手にしていない、ヒルビリーの女の顔だ。

父の死が確認されて保釈金がリーの手に渡るのは、家族を守りたい彼女にとっては「勝利」だが、見方を変えれば、共同体の中で然るべき場所に金が回り、掟の秘密が守られたということになるだろう。

やっと笑顔を取り戻したリーの姿に私たちは胸をなで下ろすわけだが、その一方で別の思いも去来する。閉ざされた貧しいヒルビリーに、リーの幸せはあるのだろうか。彼女がここから外の広い世界に飛び立つチャンスは、いつ来るのだろうか。

連載 : シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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