ビジネス

2018.12.04

患者の喜怒哀楽が第一! 理念が未来を指し示す

エーザイCEO 内藤晴夫

どんな場面でも確固たる理念が「フェアウェイ」を指し示す。「10億人の熱帯病患者の救済」さえも決断させたその根底にあるものは?


上場企業3600社超のうち、わずか9社。何の数字かというと、企業理念を「定款」に盛り込んだ企業数だという。「だから何?」と思う人にうってつけのストーリーが、9社のうちの1社、エーザイのCEO内藤晴夫の話だろう。

インタビュー中、内藤が「ドンピシャだったんですよ」と言う場面があった。エーザイの企業理念である「ヒューマン・ヘルスケア(hhc)」を定款に盛り込み、日々のビジネスに結びつける活動を始めると、「海外でエーザイを知らなかった人たちが、入社したいとやって来るようになりました」と言う。長年続ける「hhc活動」については後述するが、「ゲームの“みんなのGOLF”と同じですよ」と、内藤は言う。

「どんな場面でも、ここに打ちなさいとフェアウェイを指し示します。ビジネスも同じ。理念が“やれ”と、私たちに語りかけるのです」

「売上・利益」より強いモチベーションを持つ

今回の特集でビジョナリー企業を選定する際、トップの数値を出したのがエーザイである。彼らを導く理念とは何か。

もとは1936年に東京・三河島に内藤の祖父、豊次が「桜ヶ岡研究所」を設立し、「夢のビタミン」といわれたビタミンE剤を開発したことに始まる。その後、社名を「日本衛材」に変更し、55年に現社名となった。

「本社の場所が小石川というのは珍しいでしょ。オフィスとしては辺境ですよね。他と同じことはしないという気風の表れです」と、内藤は言う。

「バイオベンチャーだったこともあり、祖父も父も人と同じことをしない反骨の人でした。父親は特攻隊の生き残りで、会長に退いた後は、経営上の難題に直面したときも『お手並み拝見だな』と言うだけで、経営には一切口を出しませんでした」

内藤が3代目社長に就任したのは88年、40歳のときだ。このとき、内藤は友人の青梅慶友病院の大塚宣夫(現・会長)からこう言われた。「製薬会社の本当の顧客は医師か? 医師の向こう側にいる患者さんこそ、真の顧客ではないのか」。この問いを機に、「患者様」と言うようになったという。

90年、内藤は「エーザイ・イノベーション宣言」を発表し、92年には「ヒューマン・ヘルスケア(hhc)」という企業理念を打ち出した。

「患者様とそのご家族の喜怒哀楽を第一義に考え、そのベネフィット向上に貢献する」というもので、この理念を一言に集約したものがhhc理念である。しかし、「患者の喜怒哀楽とは、心の最も奥に横たわっている人々の心情や信念であり、決して語られたり書かれたりするものではない」と考えたものの、どうすれば患者の喜怒哀楽、すなわち暗黙知を知ることができるのだろうかと悩んだという。

日本を代表する経営学者、野中郁次郎の知識創造理論に出会ったのはその頃だ。その中心的な考え方である「SECIモデル」に内藤は着目。社員が患者と一緒に食事をしたり、小児の患者の場合には一緒に遊んだりしてともに時間を過ごす「共同化」の活動を開始した。

例えば、認知症当事者とともに時間を過ごすと、「患者様はなぜ怒っているのか」という問題に直面する。怒りの根源はどこで、なぜ怒りは収まったのか。肌感覚で知ると、社員は会社に持ち帰る。社内で言葉や図で形にして「共有」することで、「形式知」に転換する。つまり、見えにくいものを読み取り、描き出そうとしているのだ。

この形式知と別の形式知を結び、ひとつの体系をつくりだす。これが新しいサービスや製品開発につながっていく。このように、患者とともに同じ時間を過ごし、同じ体験をすることからはじまる一連の取り組みが「hhc活動」である。
次ページ > 「hhc活動」から生まれた製品

文=フォーブス ジャパン編集部 写真=ヤン・ブース スタイリング=石関淑史 ヘアメイク=MIKAMI

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