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薄型軽量太陽光パネル「Luz-solar」

2013年、ナイジェリアの小さな村に、村の歴史上初めて電気による街灯が点いた。その熱源となっているのが、木柱に貼り付けられたフィルム状のソーラーパネルだ。

この太陽光発電システムを開発したのが、佐賀県鳥栖市に本社をおく川口スチール工業の3代目、川口信弘だ。九州の小都市からアフリカの未来を照らす灯りは、どのようにして生まれたのか。


「アフリカには、電気はないけど元気があるんです」アフリカの現状を語るとき、川口信弘はこんなフレーズから話し始める。

ナイジェリアのカボ村では、街灯が設置される前は治安が悪く、夜の外出は大変危険を伴うものだった。しかし、街灯が点いたおかげで犯罪率が格段に下がり、さらには、そのあかりの下で商売までもが始まった。

1本の街灯、1枚のソーラーパネルがアフリカの人々の生活を劇的に変えたのだ。「Luz-solar」と呼ばれるこの薄型軽量太陽光パネルを設計開発したのが、ほかならぬ川口である。



川口は、祖父の代から続く住宅の屋根や雨樋の設置施工を行う屋根屋の3代目だ。しかし、先代である父が大病を患い、川口が子どものころから会社は開店休業状態だったという。高校を1年で中退し、16歳で屋根職人の元へ弟子入りした川口は、23歳で会社を継ぐ。

当時の年商はわずか60万円。「3代目」といえば聞こえはいいが、現在の会社の礎は実質的に川口が一代で築き上げた。

会社を引き継いだころ、時はバブル経済の真っ只中。同級生たちは大手企業に就職し、高い給料をもらって空前の好景気を謳歌していた。そんな彼らに対し、「大学を出た奴には負けん」という持ち前の反骨精神で川口は順調に業績を伸ばしていった。

しかし、会社の主業務は、大手ゼネコンの下請け。利幅は狭く、彼らの都合のいいように使われ、徐々に会社の体力が奪われていった。そして、リーマンショックが訪れる。

「景気の悪化により大手企業の設備投資が大幅に減り、仕事がほとんどなくなってしまいました。このままの業態では、会社の未来はない。会社を存続させるためには、ゼネコンに頼らない別の事業を開拓せねばならなかったんです」

文=鍵和田昇

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