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工場でロケットの打ち上げを見届けた人々が、三々五々に帰り始めたとき、酷寒のシベリアでは耳あて帽をかぶった岡田も宇宙基地から帰路を急ごうとバスに乗り込んだ。日が傾くと、道路が凍結して町まで移動できなくなる。3時間以上バスに揺られると、中国との国境、アムール川に面したブラゴヴェシチェンスクに着く。しかし、バスの中で日本側からイヤな連絡を受けた。

「通信が確立できていません」

成層圏を抜けたはずの衛星から通信が受信できないという。岡田はiPhoneを取り出し、ロシア宇宙庁に連絡をとった。受信できない理由は、次の2つのどちらかだ。

岡田たちの衛星の通信機能が故障したか。もしくは、衛星を積んだロケットそのものに異常が発生したか。

すると、バス車内で管制センターから一緒に乗った人物が、岡田と同じように「衛星はどこだ」と必死に連絡を取っている。ロケットには19の人工衛星が相乗りをしている。アメリカの農地と水管理を行う衛星や、船舶の追跡、天気予報、あるいはスウェーデン王立工科大学による地球磁場計測の衛星。そのうちの一社がバスに乗り合わせ、「通信を受信できない」と焦っている。つまり、衛星を積んだロケットそのものに異変が起きていたのだ。

“しゃれにならないぞ”

バスの中で岡田は頭を抱えた。衛星を積んだロケットの第四段が、もしも宇宙空間で漂流していたら、それ自体が巨大なデブリだ。人類初のデブリ除去会社が、宇宙に巨大な危険物を放ったとなれば、ブラックジョークでは済まされない。

その頃、東京で頭が真っ白になっていたのは、イヤホンをつけた28歳、飯塚清太だった。「僕はノルウェーのトロムソという町と連絡を取っていました」と言う。種子島宇宙センターで射場管制官としてロケット発射のカウントダウンを行っていた飯塚は、JAXAを退職して、憧れだったアストロスケールに入社。錦糸町の工場で、データを受信する担当をしていた。

飯塚が連絡を取っていたトロムソは、北極圏に位置し、巨大パラボラアンテナが林立する。「ロケットから切り離された衛星は、ノルウェーのあたりで最初の電波が拾えることになっていました。電波が見つからないというのは、JAXAで管制官をしていたときには、まずありえません。通信の故障を想定して、復旧の指示を出しながら、訓練を思い浮かべて対処しました」。

トロムソではアンテナが首を折るように水平線ぎりぎりまで回しながら、電波を受信しようと動き始めた。実は、トロムソだけではなかった。世界各地で岡田たちの衛星を探そうと、一斉にアンテナが首を振るように空を探し始めたのだ。

深夜、アメリカ空軍から岡田に連絡が入った。「今回の打ち上げにともなう物体は、宇宙には存在しない」。狐につままれたようだ、と岡田は思った。そして4日後から徐々に真相は判明し始めた。結論から言うと、人工衛星を積んだロケットの第四段が軌道を外れて、北大西洋に落下したというのだ。

これが「宇宙の洗礼」の顛末である。しかし、なぜ一民間人の岡田を助けようと、世界中のアンテナが動いたのか。そもそも岡田の事業は、宇宙業界ではアウトサイダーだったはずだ。

脳内の「ソリューション・スペース」

「言わんこっちゃない」は、起業家が失敗すると囁かれる嘲笑だ。岡田の場合は次の逆境があったからなおさらだろう。

1. デブリの危険性は専門家以外には知らされてこなかった(米ロ中の大国がデブリの大半を生み出しており、そこを問い始めると厄介なことになる)。
2. 法整備も技術も市場もサプライチェーンも何もなく、調整事項や取引など理解が必要な相手が山ほどいる。
3. カネがかかる。
4. 宇宙は公共財(グローバル・コモンズ)なので、公的機関が処理すべき問題と思われている(しかし、率先して手を挙げる国も機関もない)。

文=藤吉雅春、督あかり、成相通子 写真=帆足宗洋 (Avgvst) 

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