まさに職人技ともいえるこの診断にAIを投入するプロジェクトを、日本病理学会が進めている。研究開発で中心的役割を果たすのは、京都大学大学院医学研究科附属総合解剖センター准教授の吉澤明彦だ。
「日本で深刻化する病理医不足に、情報通信技術とAIを組み合わせることで挑みたい」と力を込める。
認知度の低さなどから病理医のなり手は少なく、厚生労働省によると、全国のがん診療連携拠点病院400施設のうち、50施設で常勤の病理医が不在だ(2016年時点)。診断には本来、臓器別に特化した知見も必要とされるが、常勤病理医が1人のみの施設も多いという。当然、こうした病院では他院などへ検体を移送して診断を依頼したり、逆に病理医の派遣を受けたりしてやり繰りしている。
危機感を覚えた吉澤は03年から、病院同士を通信技術で結び、デジタル化した診療情報を共有して遠隔での病理診断を可能にするインフラを構築。長野、滋賀などで展開し、検体や病理医の「移動」を伴わず、迅速かつ密にやり取りできる仕組みを整えてきた。このネットワークを活用して集めた症例情報をAIに取り込み、その細胞の特徴を学習させる。
「病理医が検体を照合すると、がん細胞の有無や悪性度をAIが割り出す。すべてAIに任せるのではなく、あくまで病理医による診断のダブルチェックに活用していく想定です」
まずは胃がんに限定し、18年度末までの実装を目指す。AIがもたらすのは「人間による判断の揺らぎ」がない世界──。
吉澤は、今後の展望をそう語る。
「いかに経験豊富でも、疲れれば取りこぼしが生じるのが人間。AIなら常に均質な結果を提供できます。また、がん診断において日本は、欧米よりも厳しい独自基準でより早期の発見を目指してきた伝統がある。この“職人技”がAIにより高精度で再現できれば、世界の医療にも大きなインパクトを与えるでしょう」