日本と世界の「教育のこれから」


私は、「それはいい機会じゃない!」と、彼女の肩をポンと叩いてみた。「それをそのまま真っ直ぐに、みんなに話してみたら?」と。

これからは、多様な価値観の中でプロジェクトや仕事をすることが増えてくる。「これはとってもいい学びの機会になる」と背中を押すと、彼女の顔はパッと明るくなり、「そうですね、独りで悩んでちゃダメですね。文化が変わると、失敗の種類も変わることを学びました。このメンバーでどう上手くやっていけるか、新しい方法を模索してみます」と(実際には英語で)話してくれた。



大人がキャップになってはいけない

学校においては、好奇心とチャレンジ精神に溢れた「生徒」が重要であることは当然だが、生徒の可能性を信じ切れる「教師陣」、学校を信じて任せられる「保護者」も欠かせない。子どもたちは基本的に、みんな何かしら興味のある分野があり、やってみたいことを持っている。その可能性を潰すのは、周りにいる大人であることが多い気がするのは私だけだろうか。

2015年の開校当初、ネパールの震災後に母国の復興を助けたいと言ってきたネパール人の生徒たちがいた。世界中から集まる支援物資が、全て首都カトマンズで止まっており、震源地に近い本当に支援が必要な村に届いていないからだと言う。

彼らが学校の名を使ってクラウドファンディングを始めようとした時に、反対する教員もいた。学校の名前を冠している以上、そこに書かれていることを誰かが必ず確認しなくてはいけないのではないか。万一ここで集まった資金が、正しく使われなかったらどう責任を取るのか。そもそもネパールの山奥で学校や医療センターを再建するなど安全に遂行できるのか──。



リスクは挙げればきりがなかったが、校長と私とで全責任をとるという約束で、プロジェクトは決行した。

その後、このプロジェクトは何年もかけて進化。13の簡易校舎と3つの医療キャンプを再建した成果が認められ、ネパールの元大統領の表彰を受けた。今年は新たに、日本政府の草の根無償の支援を受けてドクターカーを配備するなど、ネパール山岳地帯の医療と教育の普及に大きく貢献するまでに育っている。ニーズ調査から資金調達、ドナーさんへの報告書作成、政府への提案書まで、全て生徒主導である。

高校生だから、ここまでしかできないのではないか。ここからは大人がやってあげなくてはいけないのではないか……。

心配のあまり、彼らの可能性にキャップをしているのは、周りにいる教員、あるいは、本当は生徒の背中を押したい教員を責める保護者、なのではないかと思うことが多い。大人が子どもの可能性を信じ、彼らの好奇心と行動力を、信じきること。今、教育現場に一番求められているのは、保護者も含めた大人側の意識改革なのかもしれない。

ISAK小林りん氏と考える 日本と世界の「教育のこれから」
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文=小林りん 写真=UWC ISAK Japan

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