先入観が強いと、他の可能性は無視される

イラストレーション=ichiraku / 岡村亮太

8月、山口県で行方不明になった男児を見つけたのは、地元の人ではなく、土地勘のない「ヨソ者」だった。「ここにいるはず」という強い思い込みが、目の前にいる人の存在を、意識から消し去ってしまうのだ。


8月15日、山口県の山中で3日間も行方不明になっていた2歳男児が無事保護された。嬉しいニュースだ。2歳になったばかりの男の子では、まだ「パパ会社」などの2語文を話せるか否かという程度である。見つかるまで、口には出さないが悪い結果が心を過ぎる。

そんなとき、遠方より捜索ボランティアの78歳男性が颯爽と現れた。男児の帰省先である曽祖父宅近くの山中で名前を呼びながら捜していたら、「おいちゃん、ここ!」と返事があり、沢の岩の上に座っていたところを発見。140人態勢で3日間かけても見つからなかった男児を、ボランティア男性は、わずか20分で見つけ出したのだ。

何故、このようなことが起こり得たのだろうか?

10年以上前にハーバード大大学院で受講した「危機管理」のクラスを思い出した。驚くことにCIAから10人、FBIから数名、赤十字など、米国を代表する危機管理専門家40名が集結。学ぶことが多かったクラスだったが、その中から迷子発見にも通じるセオリーを1つ紹介する。

「人は何かに意識を集中していると、予期せぬことが起こったとき、たとえそれが目の前にあっても、これに気付かない。先入観が強いと、他の可能性は無視される」のだ。

我々はクラスで、あるビデオを見せられた。ビデオを見る前、バスケットをする若者間のパスの回数を数えるよう指示される。見た後、受講者は「15回」などと数を答える。ところが、講師は「バスケットをする若者以外に何かを見たか?」と意表を突く質問をする。1人が「何かがそこを通った気がする」と答えたものの、CIAを含む39人は誰も気付かない。

それから我々はもう一度ビデオを見せられた。すると1人の女性が幽霊のようにスーッとパスを回す若者の間を通り抜けるではないか? クラスでは思わず嘆息が漏れた。

この時に見たビデオは、心理学者のクリストファー・チャブリス先生らがハーバード大で行った「見えないゴリラ(YouTube 参照)」という有名な研究を、少し難しくしたものだった。

2歳男児の捜索にあたった人たちは、川や用水路、敷地の隙間などに意識を集中した。その結果、山は人々にはしっかりと見えていたにもかかわらず、意識から自動的に消去された。そして、一度消去されると再び意識されることはない。

ところがボランティアの男性は地元の地理を全く知らない。先入観がなかったので、山中などあらゆる可能性を視野に入れることができたのではないだろうか?

私は探し物があるとまず、よく置く場所から探す。そして見つけられないと妻に「〇〇、見なかった?」と尋ね、「目の前にあるでしょう」と指摘される。しっかり見えていたはずなのに全く気付かなかった自分に驚かされる。


うらしま・みつよし◎1962年生まれ。東京慈恵会医大卒。小児科医として小児がん医療に献身。ハーバード大大学院にて予防医学・危機管理を修了し実践中。今年6月に『病気スレスレな症例への生活処方箋』(医学書院)を出版。

文=うらしま・みつよし

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ハーバード・メディカル・ノート「新しい健康のモノサシ」

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