なぜこの舞台を思い出したかと言うと、『アイーダ』が今年のMETライブビューイングのオープニング演目で、それを見に行ったからだ。METライブビューイングとは、メトロポリタン・オペラで実際に上演された演目を映画にして、世界中で見ることができるもの。日本でも主要都市の映画館で上映されている。
9月にメトロポリタン歌劇場で開幕した『アイーダ』の上映開始は11月2日だった。機械を通した体験は、音の再現は不可能で、耳の体験としては生の素晴らしさには及ばないけれど、映画館のスクリーンを目いっぱいに使って繰り広げられるオペラは、世界最高峰の演出や豪華絢爛に舞台美術を楽しむには素晴らしく、3600円と言う値段も相まって確実にある程度満足できる。それこそ、安っぽい下手な生よりは高級な機械のほうがよろしいでしょうと言うわけだ。
2007年の『アイーダ』は、私にとって最初に生で全幕を見た『アイーダ』であった。そもそも、初体験が良いことは作品を愛する一つの大きな要因だ。だからこそオペラに関わる身としては、オペラ処女の人々には、本当にいい演目で、素晴らしい音楽と歌唱と美術と演出を見て、めくるめく体験をしてもらえたらと心から思う。そうしたらきっと、またあの高まりが体験したくてオペラを見に行くようになる。いいものを見れば、オペラが好きになる人は多いと思う。
私は今回、ニューヨークで見たあの『アイーダ』を、違う指揮と声で体験したくて、映画館に出かけたわけだ。音は機械越しでどうしようもないところはあるけれど、指揮は大好きなルイゾッティで、これまた大野和士とは違ったいい流れ。アイーダ役に初挑戦のネトレプコも、アムネリス役のラチヴェリシュヴェリも堪能できた。
そして『アイーダ』初体験の時のラダメスはよかったんだ……と、あらためて確信した。というのは、映画館で、ちょっと調子を崩していたラダメスを機械越しに聴きながら、私の頭の中では、2007年のアラーニャの声やしぐさが、脳内再生されていたから。
『サムソンとダリラ』サムソン役ロベルト・アラーニャ(左)、ダリラ役エレーナ・ガランチャ(右) (c)Ken Howard/Metropolitan Opera
さて、このMETライブビューイングは、映画ならではの特徴として特典映像やインタビューがある。幕の内側での壮大な舞台転換やその解説、演目の解説も見物だが、今回は、私にとってはなんと言ってもインタビューが良かった。今後の演目『サムソンとダリラ』の宣伝ではあったが、アラーニャが登場したからだ。彼を見たことで、私の脳内再生はより具体度を増して加速、結果として、その日もとってもいい体験ができたことは言うまでもない。だからやはり、オペラは官能に決まっている。