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日本人が知らないエストニアのいま


こうした紆余曲折を経て、Brand Estoniaは2016年に誕生した。メンバーとしては、民間企業のデザイナーであるアラリ氏をデザイナーチームのトップに据え、デザイナー、アニメーター、フォトグラファー、ビデオグラファー、コピーライターを招集。文字通り、ブランディングのプロ集団を結成した。

今日ではToolbox Estoniaの普及もあり、政府機関の多くのウェブサイトや広報物が、Brand Estoniaの定めたブランドコンセプトに基づいてデザインされている。


Toolbox Estoniaで公開されている写真の一部

大規模なスタートアップイベントやタリン市内の施設でも、洗練された青を基調とする彼らのデザインが目立ち、何より「電子国家」というフレーズはエストニアの代名詞となった。政府機関やスタートアップには世界中からビジネスパーソンが毎日のように訪れ、e-Residentの数も4万5000人を超えている。まさに「エストニアブーム」が巻き起こっていると言ってもいいだろう。

エストニアがここまで注目を浴びている理由としては、独立直後からIT産業に「選択と集中」をし、徹底して行政を電子化した功績が大きい。とはいえエストニアの人口は約130万人。テクノロジー分野に絞ってみても、米国や日本などの大国には人材の数も資金力も敵わない。そんな中で、世界中にここまでの存在感を示せているのは、国家レベルのブランディング戦略を通して構築した「エストニアブランド」の存在が大きいのではないだろうか。

エストニアの知られざるブランディング戦略に迫る本連載。次回は、Brand Estoniaの中核を担う3名にインタビュー。数々の苦難と、メインサービス「Toolbox Estonia」が生まれた経緯を紹介する。

文=齋藤アレックス剛太 写真提供=Toolbox Estonia

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