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2018.11.19

黒幕はデザイナーたち 電子国家エストニアの知られざるブランディング戦略

近年、電子国家として世界に名を馳せているエストニア。その躍進の裏側に、国家のブランディング戦略を一手に担う政府機関Brand Estoniaの存在があることをご存知だろうか。

2016年に誕生したBrand Estoniaは、エストニアという「国」そのもののブランド価値の向上を目的に設立された政府機関だ。運営は3名の政府職員に加えて、約10名の民間のデザイナーチームが担っており、官民が業務レベルで協働している。民間企業が自社製品のブランド価値を向上させるために奔走するがごとく、自国ブランドの確立に勤しんでいるその姿は、「政府そのものがスタートアップ」と表現される同国を象徴していると言えよう。

そんな同組織は、2017年に同国の写真素材や動画素材、オリジナルで制作したアイコン、フォント、プレゼンテーションなどを無償で公開するプラットフォーム「Toolbox Estonia」をリリース。その活動が認められ、2018年に世界の国・地域・都市のデザインの中で、最も広く利用されたとして「Best Use of Design賞」を受賞した。


Brand Estoniaのウェブサイト


Brand Estoniaが提供している素材の一部

では、そもそも何故エストニアは「国のブランディング」を始めたのだろうか。

今でこそ、e-Residencyやスカイプを生んだ国として注目を浴びる同国だが、実際は人口約130万人の小国で、国民の生活も極めて質素だ。加えて最後の独立からはまだ30年弱と、国としての歴史も浅い。それゆえ、1991年のソ連からの独立直後から、国際社会からの認知度を向上させるための、対外的なブランディング戦略の必要性が叫ばれていた。

最初の施策を展開したのは2002年。同国で開催された国際イベントに合わせて「Welcome to Estonia」ロゴを作成した。以来ツーリズム産業を中心にプロモーションキャンペーンを展開していたが、作成したロゴはわずか2%のエージェンシーにしか使われておらず、国民からの認知度も低かった。そのため、80万ユーロ(約1億400万円)という巨額の投資に対する成果が得られていないと批判の声も強かったという。

風向きが変わったのは2015年。前年末に誕生したe-Residencyや、新経済大臣の就任などもあり、既存のブランド戦略を刷新する機運が高まった。

そこで政府は、新たなロゴを制定するための大規模なコンペティションを開催。認知度が低かった前回のロゴデザインの反省を活かして、国民から広くデザイン案を募集した。

約650の応募の中から5つを最終候補として選定したが、専門家を中心とした一部の国民は、当時の政府チームにブランディングを専門とするメンバーがいなかったこと、そのことにより「ブランディング」ではなく「ロゴを作ること」が目的化されていたことを痛烈に批判。結局、新ロゴ制定のプロジェクトは白紙になり、チームも再編成を余儀なくされた。
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文=齋藤アレックス剛太 写真提供=Toolbox Estonia

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