よくメディアではM&Aを「身売り」と表現されますが、個人的にはこの表現方法は悲壮でナンセンスだと思っています。スタンフォード大学で講義をしていたとき、英語で「身売り」というニュアンスを説明するのに困りました。
最終的に「Human trafficking(人身売買)」と説明しました。学生は笑っていましたが、「こういった表現をするメディアが日本は多い」と言うと、学生からはびっくりされます。
もちろん、全てのM&Aがハッピーな結末を迎えているとは言いません。ただ、それは誰目線なのか。経営者は自力で続けたかったかもしれないけれど、株主にとってはハッピーだったかもしれない。売却しなければ独力で経営できたかもしれないけれど、「リビングデッド(生きた死体)」のような状態になっていたかもしれない。
それに比べたら良かったのではないか、という捉え方もできる。スタートアップは買収をネガティブに捉える意識は薄らいできていますが、大企業で部門を売る意思決定ができる経営者は少ないでしょう。こういった固定観念を刷新していかなければならないと思います。
大企業へのM&Aは事業成長を加速させる装置のひとつ
──私たちは日本のスタートアップ・エコシステムをさらに活性化させていくためには、大企業の傘下に入って成長を目指すスタートアップの母数を増やしていくべきではないか、と考えています。スタートアップが大企業の傘下に入る、このスキームの良さはどこにあるとお考えでしょうか?
スタートアップと大企業、双方にとって良いスキームだと思います。大企業は顧客基盤や資金、ブランド力などさまざまなアセットを持っています。ただ、それを活用できるかどうかは、人次第です。既存の大きな事業を失敗しないように回している人にとって、ダイナミックな勝負をしようと考えづらい環境にあると思います。
一方、出来上がった事業をしっかりと守り、粛々とオペレーションを回し続けていくことも重要ですが、それだけでは新しい事業は生まれません。そこで大企業が自分たちのアセットを活用するための一つの手段として、スタートアップを傘下に取り入れるのは良いことだと思います。スタートアップも大企業のアセットを活用することで、今までアプローチできなかった企業にアプローチできたり、資本を使ってダイナミックに挑戦できるでしょう。
例えば僕が過去に社外取締役を務めていた一流ホテル・旅館の宿泊予約サービス「Relux(リラックス)」を手がけるLoco Partnersは2017年3月、KDDIの連結子会社になりました。個人的には非常に良かったと思います。
スタートアップが自前で地道に事業基盤を整えて成長していこうと思ったら、時間がかかり過ぎてしまう。しかし、KDDIグループのアセットを活用することで成長スピードを一気に加速させられる。スタートアップの経営者は資金調達にリソースを奪われてしまいがちですが、もし事業の成長を第一に考えるのであれば、経営者は事業のことだけを考えた方がいい。そういう意味でM&Aはとても良いスキームだと思います。
実際に、Reluxは4〜5年かけてユーザー数100万人を達成しましたが、KDDIグループ参画後は1年でユーザー数が100万人増えました。
大企業の傘下に入ることで、ガバナンス面でも良い影響があります。意思決定や労務管理などが適切にできているかどうか。管理体制を問うチェック・フィルターによって、大きく事業を展開していける組織になれます。