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ブラジルに学ぶ「幸福」をつくる教育 

mangostock / Shutterstock.com

総合商社に勤務していた数年前、5年にわたってブラジルに駐在していた。束の間の日本への一時帰国中、満員電車に揺られる大人の疲れた表情を眺めていて、抑えようのない危機感に襲われた。日本に「幸せだ!」と言い切れる大人はどのくらいいるのだろうか?

ブラジルで5年間、自分の人生を楽しく生きているブラジル人達を日々、目の当たりにしてきた。日本と比較して、ブラジルの所得水準は決して高いとは言えないにもかかわらずだ。そのヒントはブラジルの教育にあった。ブラジルの教育には、経済成長の追求だけでは得られない、人を幸せにする何かがある。

この連載では、ブラジルの教育の仕組みとそこで見つけた幸せの原点、これからの教育について紹介していく。

カーニバル、ダンス、会話……躊躇せず自分を表現する

ブラジルには「自己表現」があふれている。各人が自己表現することに対して躊躇しないのは日本との大きな違いだ。ブラジル人は自己表現している時、とても楽しそうである。

カーニバルは楽しい。著者は、レシフェ(ブラジル北東部の州都)でマラカトゥという伝統音楽のチームに所属し、ブラジル人たちと一緒に太鼓を叩いていた。日々の練習で師匠に何度も叱られたのは「もっと自分自身を出せ!」ということだった。日本人の著者にはこれが一番難しかったが、それを取っ払って出場したカーニバル本番での幸福感は忘れられない。ブラジル人の幸せを体感できた気がした。



しかしブラジルの「自己表現」はもっと日常にも転がっている。

ブラジルで暮らすためにアパートに入居する際に、アパートのオーナー(70歳くらいの女性)と一緒に入居する部屋の家具のチェックを行った。部屋にラジカセがあり、音が出るかどうか確かめるべく音楽をかけてみたところ、音楽がかかった途端、家具チェックは中断し、オーナーのおばあさんが踊り始めた。そして「一緒に踊らない?」と抱きついてきた。

彼女は自己表現を躊躇しない。「仕事中だから」「ダンス上手じゃないし…‥」「この人にどう思われるだろう?」といったものがない(抱きつかれて複雑な著者の気持ちも関係ないようだ)。おおいに自己表現を楽しんでいるのである。

カーニバルもダンスも自己表現の一つだが、それ以上に最も頻繁に行われる自己表現は「会話」だ。ブラジル人はとにかく話している時間が多い。一日に何度も「会話」という自己表現を行う。

たいした話題がなくても常に誰かと話している。初対面であろうと関係なく話し続ける。エレベーターに誰かが乗ってくれば話しかけるし、銀行の行列の待ち時間にも前後の人と他愛もない会話が続く。外国人である著者でも、いたるところで様々な人に話しかけられた。友人や家族との会話も非常に多く、ブラジルで頻繁に開催されるフェスタと呼ばれるホームパーティも、会話をする機会を作り出すための演出だと感じる。

会話を通じて、自分の考えを表現する。何でも溜め込まずに思ったことをアウトプットするブラジル人だから、楽しく幸せに生きているのかもしれない。

文=稲田大輔

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