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2018.11.12

「無電柱化」が分けた国際社会の明暗

去燕の季節である。天井が抜けたような高い空を見上げると、思わずため息がでる。その碧さにではない。巨大な女郎蜘蛛の巣のように視界を邪魔する黒い網の目に、である。張り巡らされた電線だ。

オリンピックに向けて建設の槌音も頼もしい東京だが、その景観は決して褒められたものではない。無秩序に林立する高層ビルと古い町屋のアンバランスは、見様によってはクールかもしれない。だが、無秩序を超えてnastyと言えるものがある。電柱・電線だ。江戸末期のすっきりした街並みを写す古写真と比較すると明らかだ。いつから日本人は空中をゴミ捨て場にして顧みなくなってしまったのだろうか。

世界の主要都市の中で、東京の無電柱化は最低レベルである。パリやロンドン、香港は100%、台北、シンガポールの90%以上が無電柱化されている。ソウルでも46%だ。対して東京はわずか8%にとどまっている。大阪は6%である。これではいくらお化粧して衣服を整えても、理美容院に行かず伸び放題の髪の毛を振り乱しているのと同じである。

景観以上に重要なのが災害対策だ。コンクリート製の電柱の一撃は、丈夫な屋根をいとも簡単に貫く。人の体などミンチにされる。熊本地震でも多くの電柱が倒壊して復旧の障害となったが、阪神・淡路大震災では倒れた約8000本の電柱が大問題になった。

交通障害も悩みの種だ。運転中カーブは切りにくいし、駐車するのも厄介である。幼児が立っていると運転席からは死角になる。邪魔で危険な存在なのである。

こんな「ヤバイ」電柱が都内には約68万本、単純に並べても二百数十キロの長さ、東京から名古屋までが電柱に埋め尽くされる計算になる。

福岡県の大牟田市といえば、三池炭鉱であった。だが1990年ともなると炭鉱の衰退著しく、経済は失速、人口は59年の21万人が15万人にまで激減していた。折から中曽根康弘政権が「電線類地中化計画」を推進中だった。当時、商工会議所の清水龍哉会頭は、今後の大牟田の活路は広々とした道と景観、それによる交通の活性化と内外観光客の誘致にあると確信、電柱の地中化を説いて回った。

だが、反対が根強かった。お店の前で工事をやられたら商売にならない、交通規制中は子どもの通学が危ない、いったい工事に何年かかると思っているんだ、大切な街路樹を切り倒して心が痛まないのか、それに「どぎゃん、資金ばかかると?」と、現在の反対論とまったく同じ理屈が噴出した。清水氏の構想は頓挫した。この8月、大牟田市の人口は11万5700人。50年間で人口は約半分になった。

その後、国土交通省は同市の国道沿線の無電柱化を進め、昨年晩秋に、ようやく清水氏の自宅前の国道208号線も電柱が取り払われた。だが人口減の流れは止まりそうにない。他方で、電柱を取り払い、景観向上の実を上げた埼玉県の川越市では、観光客が倍増した。大牟田市の無電柱化が、せめて20年前に行われていたら……。鬼籍の清水氏に尋ねてみたい。
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文=川村雄介

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