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アイデアを生むために食べる

──では、その食べるという行為が、2050年にどうなっているとお考えでしょうか。

人間は長い間、生きるために食べてきました。ところが現代においては、人は必ずしも生命維持のためだけに食べているわけではありません。現代の先進国では、基本的には食べものが確保され、美食を追求している人もいます。一方で、食べることを栄養補給と割り切って、サプリメントなどを日常食にしている人もいます。

こうした傾向は、現代社会の成熟ぶりを見ていると、今後ますます強まっていくように思えます。たとえば肉体労働がロボットで置き換えられるようになると、人間の運動量が減り、補給しなければならないエネルギーや栄養の量も、今より減っていく可能性があります。そうなると、生命維持のために食べるという意味合いがさらに薄まっていくでしょう。

──食べることの意味が多様化しているということですね。

もうひとつ付け加えたいのは、食べることがアイデアを生む触媒の役割を果たしているということです。Kavli IPMUでは、毎日15時に研究者たちが集まり、おやつを食べながら、コーヒーやお茶を飲みながら話をする「ティータイム」という制度を設けています。このティータイムでの雑談からいくつも新しい研究が生まれています。

Kavli IPMUは、数学・物理学・天文学の研究者が集まって、宇宙の根源にまつわる謎を解き明かそうとしている研究機関です。宇宙の謎を解明するには、ひとつの学問分野だけでは太刀打ちできません。分野の垣根を越え、知恵やアイデアを結集する必要があります。

ところが、せっかくひとつところに異分野の研究者を集めても、研究者が研究室にこもっていたのでは、分野を跨いだ連携は生まれません。異分野の研究者が気軽に集まり話せる場として、IPMU創設時からティータイムの制度を導入しています。

──ただ話すのではなく「食べる」のが重要ということでしょうか。

顔を合わせて、食べながら話すのがミソです。Kavli IPMUの研究員は世界中を飛び回っていますし、世界中の研究機関と共同研究もしています。オンラインのビデオ会議も日常的ですが、実際に会って話した方がコミュニケーションが深まります。

そこに食べるが加わるとさらにいい。食べることで生存本能が満たされてお互いリラックスするのか、発想が自由になります。実際、ティータイムから新しい研究が生まれてくる瞬間を何度も目にしました。「同じ釜の飯を食う」という諺もあるように、一緒に食べることで安心感が生まれ、思考が活性化するのかもしれません。

──食べることから最先端の研究がいくつも生まれてくるんですね!

こうした仕組みは、すでに世界中で数多くの研究機関や企業が取り入れています。社内に社員が自由に集まれる場所があり、そこは社員がリラックスして遊べるようになっている。小腹が空いたときにお菓子を食べられるスナックバーもあり、そこで食べながらの雑談から、新しい商品やサービスが生まれてくる。日本企業でも導入例が増えているようですね。

社会がこれからますます成熟していくことを考えると、アイデアを生み出すために食べる流れも一層強まるでしょう。2050年の未来は、食べることから生まれたアイデアによってつくられるのかもしれません。


むらやま・ひとし◎東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)主任研究者。1964年東京都生まれ。1991年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。東北大学助手、カリフォルニア大学バークレー校教授などを経て、2007年から2018年10月14日までKavli IPMUの初代機構長を務めた。専門は素粒子論・宇宙論。『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎新書)はじめ著作多数。メディアを通して研究成果を伝えることにも力を入れる。難解な素粒子論・宇宙論を分かりやすい言葉で語る。

構成=萱原正嗣 写真=帆足宗洋(AVGVST)

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