中東の現実を「コメディ」で描く 東京国際映画祭で注目の2作品


一方、「テルアビブ・オン・ファイア」のほうは、監督のサメフ・ゾアビが、イスラエルのテルアビブに住むパレスチナ人であるということが、この作品の成り立ちに深く影響している。作中で、イスラエルの検問所の主任に翻弄される主人公は、まさに監督自身の姿に他ならない。

主人公のサラムは、イスラエルに暮らしながら、パレスチナ人によってつくられている人気TVドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」のアシスタントとして働いている。毎日、撮影所に行くために、イスラエルの検問所を通らなくてはいけないが、些細ないざこざから、主任を務めるアッシの尋問を受けることになる。

実は、アッシの妻は「テルアビブ・オン・ファイア」の大ファンであり、サラムがその関係者だと知ると、妻に自慢するため、アッシは独自のストーリーをサラムに提案する。偶然が重なり、その案がドラマに採用されることなり、サラムもアシスタントから正式な脚本家へと昇格するのだが……。

劇中劇である「テルアビブ・オン・ファイア」は、第三次中東戦争時を舞台にしたラブロマンスで、パレスチナの女性スパイとイスラエル軍将校の道ならぬ恋を描いている。イスラエルの官吏であるアッシは、サラムに、この2人を結婚させろと盛んに吹き込むが、これは1993年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で交わされたオスロ合意を象徴している。

殴るより、擽ることで現実を伝える


サメフ・ゾアビ監督(c)2018 TIFF

「1948年にイスラエルが建国された時、私の親族はイスラエルの土地に住んでいました。現在もパレスチナ人の25%がそういう状況です。私もずっとイスラエルに住んでいる。私、そして私の家族は、パレスチナ人でありながら、ヘブライ語も話すし、イスラエルのパスポートも持っています。毎日のように検問所を通って行き来している。それが、私たちをとりまく政治的な現実です」

このようなシリアスな状況にありながら、ゾアビ監督は、コメディという形をとり、このパレスチナの問題に、まったく異なった角度からスポットを当てようとしている。「笑い」というものが、ひとつの余裕のもとに生じるのだとしたら、これは新たな局面を探る重要な作品にもなるような気がする。ゾアビ監督が続ける。

「イスラエルの大手新聞に、この作品の批評が掲載されました。そこには、〈初めて新しい世代がお互いを認め合って楽しめる、そういう映画が生まれた。なぜかというと、現実からひとつ距離を置いて、現実を描いているからだ〉と書かれていた。相手を殴るのではなく、痛がるぐらいに、擽ることで現実を伝えたいと思いました」
 
残念ながら、コメディであるがゆえか、この「シレンズ・コール」と「テルアビブ・オン・ファイア」の2作品は賞からは漏れていたが、筆者としては、激動する中東地域で生まれた新たなアプローチの作品として、今回の映画祭では、深く心に刻まれた。

「第31回東京国際映画祭」コンペティション部門受賞結果

東京グランプリ:「アマンダ(原題)」
審査員特別賞:「氷の季節」
最優秀監督賞:エドアルド・デ・アンジェリス監督(「堕ちた希望」)
最優秀男優賞:イェスパー・クリステンセン(「氷の季節」)
最優秀女優賞:ピーナ・トゥルコ(「堕ちた希望」)
最優秀芸術貢献賞:「ホワイト・クロウ(原題)」
最優秀脚本賞:「アマンダ(原題)」
観客賞:「半世界」(阪本順治監督)

連載 : シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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