「フューネラルガイドライン」の必要性
ただ、これから弔いの形式が多様化していく中で、注意しなければいけないなと感じている側面もあって。
──それは、どんなことでしょうか。
ARやVR、ロボットや人工知能などのテクノロジーが進化していった先で、これから死者にまつわる表現が必要以上にリッチになり得ると思っています。ともすれば、故人のSNSなどを解析して、その人格をトレースしたアンドロイドなどが簡単につくれるようになるかもしれません。
しかし、最初に話した通り、弔いの本質は「生者が死を受け入れて、前向きに生きていけるようにすること」にあります。その意識を持たずに、安易に死や弔いにまつわるデバイスやサービスをつくってしまうと、生きている人間によくない影響を及ぼすものになる危険性があると考えています。
──なるほど。
アップルはiOSアプリの設計者向けに、「こういう基準に則って設計してね、ここ注意しないとユーザビリティが落ちるよ」といったアドバイスをまとめた「ヒューマンインターフェイスガイドライン」を公開しています。これにならって、これから生まれてくる新しい弔いの形式が、本質からぶれたものになることを防ぐためにも、「フューネラルガイドライン」みたいなものがあるといいなと思っていて。
今後エンディング産業の市場規模が大きくなっていけば、新規参入はどんどん増えてきます。その際にガイドラインがあれば、テクノロジーカンパニーがうまく人の心に寄り添ったサービスを開発していけるのではないかな、と。
──それは、重要な意味を持つ指標になりそうです。
合わせて、故人が生前に残したパーソナルなデータの扱いについては、議論を深めていくべきだと感じています。故人の意思とは無関係に、その人格が改ざんされるようなことは、あってはならないことだと思うので。
──ご自身の活動でも、故人のデータの扱いには気を遣われていますか。
そうですね。私はデジタルシャーマンプロジェクトで、擬似的に「ロボットに死者を憑依させてしゃべらせる」ということをやっているのですが、そこで話させる内容は「本人が生前に言ったこと」に限定しています。遺書と同じような感覚で、本人が意図した内容のみを残す仕様にしているんです。
さまざまな考え方があるとは思いますが、私は人の弔いに関わるにあたり、死者の人格を冒涜することだけは絶対にしないように、と心に決めています。
──できることが増えてくるからこそ、「やってはいけないこと」を、あらためて皆で確認することが、大事になりますね。
センシティブな分野なので、慎重になるべきポイントは多々あると思います。ただ、だからこそ人の人生を豊かにするような、新しい発明が生まれる余地の広い領域だとも感じています。
2050年に向けて、「弔い」にどんなアップデートが訪れるのか、個人的にはとても楽しみですし、私自身も「生きていく人たちの生を豊かにするため」に、そこに何かしら寄与できたらいいなと思っています。
いちはら・えつこ◎1988年愛知県生まれ。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。2018年、アルスエレクトロニカInteractive Art+部門でHonorary Mention(栄誉賞)を受賞。