EUが「人物フォト」に厳しい今、極東ロシアが自由すぎるワケ

ウラジオストクの市場で精肉売り場にたたずむブリヤート系の女性

今年の春、メディア業界の一部で、ある意味とても深刻な問題が発生し、関係者の間で困惑が広がっていた。EU加盟国による、デジタル化社会に適合した個人データ保護規定である「一般データ保護規則」(GDPR)が5月25日に施行されたからだ。これは、EU域内の個人データを、域外に持ち出すことを厳格に制限する法律のことだ。

この適用が何を意味するかというと、EU諸国に出かけ、本人の承諾なしに撮影、あるいはその意図はなくても写り込んでしまった街角人物フォトやポートレイトをメディアやネットに載せると、規則に抵触する可能性があるということだ。他人からみだりに写真を撮影されたり、無断で公表されたり利用されないように主張できる「肖像権」が関わってくるためだ。

しかも、違反した企業には、「年間総売上金額の4%」または「2000万ユーロ」のいずれかのうち高いほうが罰金として課せられるという、かなり法外なものだ。偶然カメラに写り込んだ人物からいきなり訴訟を起こされることもあり得るのだ。

EUに限った話ではないが…

この規定の中には、「情報社会サービスに関する子供の同意に対して適用される条件(第8条)」という項目もあり、今日、日本でも議論されている子供の個人情報をいかに保護するかという問題ともつながっている。

海外で現地の子供がかわいいからと写真を撮ってしまうというのは、一般のツーリストの間でも普通に行われていることと思う。日本でも、外国人ツーリストが、神社で着物を着た子供にカメラを向けている光景を見かけることもある。

その場合、その写真を親の承諾もなく、勝手にSNSにアップしてもいいのか。現実的にはそこまで神経質になるのはどうかと思うが、EUによるGDPRの適用開始は、年間13億人もの人間が国境を越えたグローバルな移動をしているという今日の時代において、個人情報の保護はどうあるべきかについて、誰もが自分ごととして考えなければならないテーマであるといえそうだ。

なお、報道メディアはこの規定から外されるとのことで、直撃を受けるのは、EU諸国で撮った町の風景に写り込んだ不特定の人物などの写真や映像を、これまで自由に掲載、放映してきた海外旅行ガイドブックや紀行書、現地レポートのつくり手たちで、TVのバラエティ番組の制作者も含まれる。

もしこの規定に違反しないよう厳格に自己規制すると、EU諸国の街角などで収録した映像はボカシだらけにしなければならないという話になる。実際、海外ではそのようなTV番組もあるようだが、これでは海外取材の意味がないではないか……と言いたくもなる。

こうしたことから、海外旅行ガイドブックの編集者たちの間では、取材中に出会った人物などの写真を本や雑誌に掲載するために承諾書を用意し、現地で撮影するたびにご本人に一筆書いてもらうなどといったことが、大真面目に議論されている。

その一方、それはあまりに非現実的だとの声も聞かれる。お祭りやイベントなどの光景をカメラに収める際、そこには多くの観衆が写り込むことは避けられないからだ。それを「風景の一部」として捉えるのは問題ないとしても、特定の誰かに望遠レンズでクローズアップして公表したら肖像権侵害にあたるとすれば、それを断念するのは写真家にとってつらいものがある。

いい写真というのは、予期しない偶然の一瞬に撮られることが多く、承諾書を渡して了解を取った後、「はい、ポーズ」と言ってポートレイトを撮るのとは違う世界なのである。

EUの個人情報保護強化の背景には、SNSからの情報流出などを深刻な問題と受け止めての判断があるのだろうが、同じ時期、国家による監視社会化が徹底して進行している中国のような国もある。

この対照的な状況は、両者の政治体制と社会における個人の尊厳や意識に関わる価値観の本質的な違いから来るのだろうが、どちらも相当極端で、IT技術の発展が我々の社会をかえって不自由にさせている側面が如実に現われてしまった結果のように思えてならない。
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文=中村正人 写真=佐藤憲一

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