しかし、この「人格育成」は、まだ、初級の段階であり、その先に、さらに高度な段階がある。
なぜなら、一流の経営者やリーダーは、自分の中に「様々な人格」を持ち、それらを場面と状況に応じて、見事に使い分けているからである。若手社員に見せる「温かい人格」、経営幹部に見せる「厳しい人格」、トップセールスでの「営業人格」、全社員朝礼で見せる「思想家人格」などである。
されば、我々は、いかにして、そうした「多重人格のマネジメント」とでも呼ぶべき能力を身につけることができるのか。
実は、その最高の方法が「かばん持ち」である。
筆者は、若手社員の時代に、当時勤めていた会社の専務の「かばん持ち」として、海外出張に何度も随行したが、一日、行動を共にしていると、その専務の中に「辣腕の経営者」や「天性の社交家」という人格、さらには、「卓抜な戦略家」「深い思想家」「幅広い趣味人」「敬虔な信仰者」など、幾つもの人格があり、それらを自然に切り替えていく姿を見ることができた。
この専務は、後に、この会社の社長、会長になった人物であるが、筆者が、自身の中に幾つもの人格を育て、それを使い分けるという修業を始めたのは、この経験が、一つの契機となった。
「かばん持ち」とは、決して「雑用係」ではない。
それは、一流の人物から「多重人格のマネジメント」を学ぶ最高の機会に他ならない。
古来、言われる「師匠とは、同じ部屋の空気を吸え」とは、この機微を述べた言葉であろう。
田坂広志の連載「深き思索、静かな気づき」
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