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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

自分の中に眠る才能を開花させたい。それは、誰もが持つ願いであろう。では、どうすれば才能が開花するのか。

実は、ある「才能」が開花するとは、その人間の中から、その才能に見合った「人格」が現れてくることに他ならない。

こう述べると、驚かれる読者もいるだろうが、実際、世の中では、次のような言葉がよく使われる。

「彼は、性格的に営業には向いていない」

「彼女の几帳面な性格は、経理向きだ」

また、ある新入社員が、未経験の営業の世界に投げ込まれ、苦労しながらも、その能力を身につけてきたとき、我々は、自然に、こう語る。

「彼も、営業マンらしい面構えになってきた」

このように、我々は、一人の人間の「能力」を論じるとき、「能力」と「性格」を一対のものとして論じている。言葉を換えれば、「才能」と「人格」を表裏一体のものとして考えている。

そうであるならば、一つの「才能」を開花させるためには、我々は、その才能に見合った「人格」を、自分の中に育てていかなければならない。営業ならば、「営業人格」、企画ならば「企画人格」とでも呼ぶべきものである。

では、どうすれば、我々は、自分の中に、「必要な人格」を育てることができるのか。

その方法は、拙著『人は、誰もが「多重人格」』で詳しく述べたが、その要点を紹介しておこう。

最も有効な方法は、「私淑」をすることである。

「私淑」とは、自分が身につけたい能力や才能を持つ優れた人物を、心の中で、「この人が自分の師匠だ」と思い定め、その人物から大切な技術や心得を学ぼうとすることである。

では、その「私淑」をすると、何が起こるか。

「似てくる」のである。ある人物の能力や才能を、本気で学ぼうとすると、自然に、自分の喋り方や仕草、雰囲気が、その人物に似てくるのである。それは、自分の中から、その人物に似た「性格」や「人格」が引き出されてくると言っても良い。

例えば、ある出版社では、カリスマ的な編集長の下で働く若い編集者たちが、皆、その編集長と同じように、ぼつぼつと喋るようになり、仕草まで似てきたというエピソードがある。

筆者もまた、民間企業で営業の仕事に携わっていた時代、上司の課長が営業の達人であったことから、この上司に私淑し、その技術や心得を深く学ぶことができたが、この修業時代、周りの同僚から、「喋り方が、課長に似てきた」と言われた。

昔から、「学ぶことは、真似ぶこと」と言われてきたが、その本当の意味は、スキルを表面的に真似することではない。その師匠の性格や人格も含め、スキルの奥にあるものを真似ようとすることである。その修業を通じて、我々は、自分の個性を見出し、自分らしい個性的な「営業人格」や「企画人格」が育ってくるのである。

ILLUSTRATION BY BERND SCHIFFERDECKER

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