中間選挙を前に「華氏119」を公開したマイケル・ムーア監督の焦燥

マイケル・ムーア監督(Paul Morigi / gettyimages)


それに続き、「どうして、こんなこと(トランプ大統領誕生)になってしまったのか」とムーアは疑問を投げかける。トランプ大統領とは何者なのか、どのような存在であるのか。その問いに応えるかのように、パッチワークで描いていくトランプ大統領の人物像も、ムーアの諧謔(かいぎゃく)精神が横溢(おういつ)していて、なかなか面白い。

そしてムーアは、トランプ大統領誕生の理由に迫るため、故郷ミシガン州でかつて起きた「緊急事態」に注目していく。たぶん、「華氏119」を企画する以前からこのテーマに関しては取材していたと思われるが、今回の作品で、彼のトレードマークでもあるアポなしの突撃取材が、唯一見られるエピソードでもある。

物足りないアポなしの突撃取材

マイケル・ムーア監督は、2002年に、コロンバイン高校銃乱射事件を扱った「ボウリング・フォー・コロンバイン」を発表。アカデミー賞長編ドギュメンタリー賞をはじめ、カンヌ国際映画祭特別賞、ベルリン国際映画祭観客賞など世界各地の映画賞を軒並み受賞して、一躍、時の人となった。

そのドキュメンタリーの手法は、とにかく現場に足を運び、相手が誰であろうと「アポなしの突撃取材」を敢行する。その力技とも言える取材方法で、「ボウリング・フォー・コロンバイン」では、全米ライフル協会会長のチャールトン・ヘストンや、大手スーパーマーケットのKマート本社などにも迫り、銃社会アメリカの現実を炙り出していた。


Midwestern Films LLC 2018

その後、時の大統領を肴にしたノンフィクション「アホでマヌケなアメリカ白人」を執筆して全米ベストセラーにしたり、「華氏911」や「シッコ」「キャピタリズム マネーは踊る」「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」などの政治や社会問題に深くコミットしたドキュメンタリーを発表したりして、つねに話題をふりまいてきた。

今回の作品では、そのお得意のアポなしの突撃取材は、わずかにミシガン州知事の豪邸の庭に汚染された水を撒くシーンくらいしか見られない。作品冒頭に炸裂するコミカルなユーモアも、後半に進むにしたがって、鳴りを潜めていく。そのトーンはきわめてシリアスであり、それだけ彼の「本気」が伝わって来る。


Midwestern Films LLC 2018

「華氏119」は、アメリカでは9月21日から公開された。明らかに、11月6日に行われる中間選挙を睨んでのものだ。米中間選挙では、下院の全435議席と上院100議席のうち33議席が改選される。同時に、各州知事選挙も行われる。大統領任期のちょうど真ん中に行われるため、事実上、トランプ政権への信任投票ともなる。

「どうして、こんなこと(トランプ大統領誕生)になってしまったのか」という当選時の驚きは、いまや色褪せてしてしまい、トランプ大統領の存在があたりまえの日常となってしまっていることに対する、マイケル・ムーアの焦燥が、この「華氏119」からは聞こえてくる。中間選挙の結果を受けて、新たな作品「華氏116」さえ、生まれる可能性があるのではないだろうか。

連載 : シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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