研究を始めてから45年、1100世代も交配を重ねたイエバエを売る「ムスカ」が注目を集めている。(ちなみに社名はイエバエの学名「ムスカ・ドメスティカ」に由来)。
彼が作るのは、動物の「飼料」や植物の「有機肥料」。これらを摂取した動植物は通常に比べて病気に強く、また大きく育つのだという。
だが、イエバエの価値はそれに留まらない。代表取締役会長の串間充崇は、「イエバエは人類を脅威から救う欠かせない資産だ」と語る。
彼がここまでイエバエに賭ける訳とは。そして人類を脅かす脅威とは。ムスカ代表取締役会長の串間充崇と、代表取締役暫定CEOの流郷綾乃に聞いた。
起源はソビエトの宇宙開発。「化学物質ゼロ」の食物連鎖を目指して
──ムスカでは45年間かけて1100世代の品種改良したそうですが、壮大な事業はどのような経緯で始まったのでしょうか。
流郷:もともとは、1970年ごろに旧ソ連で開発された有人宇宙飛行技術だったんです。当時は冷戦下でアメリカとソ連の間で宇宙開発の競争が起こっていました。
数年にもわたる往復の食料や水はかなり場所を取るため、宇宙開発では宇宙船の省スペース・軽量化が重要です。宇宙船の中で食料の培養リサイクルシステムを確立することで、この問題を解決しようとしたんです。
ですが、船内で卵を産ませて飼育するはずが、飼育密度を高めたらストレスで卵を産まなくなった。そこでストレス耐性の高いハエ同士を交配させ、宇宙に近い空間でも産卵できる種を生み出したそうです。
しかし宇宙事業は頓挫し、ソ連自体が解体してしまいました。結局、ムスカの前身となる会社の代表が、ソ連の科学者からこの技術を買い取ったんです。
──こんな技術を買い取って、何をしたかったんでしょう?
流郷:食物連鎖の中に化学物質が一切混ざらない、完全循環のリサイクル農園型街作りです。化学物質が必ずしも人体に悪いとは思っていませんが、化学物質ゼロの食材が選択肢にあってもいいと思うんですよ。実現のための重要なのが、良い飼料と肥料だったんです。
そうこうしているうちに、世間では環境問題や廃棄物への関心が集まってきた。後で詳しく説明しますが、ムスカの事業は廃棄物問題にも有効なんです。
4年前には事業化に必要な研究開発が完了し、2016年に事業目的の企業としてムスカを立ち上げました。
──事業化までにかなりの時間がかかったのは、なぜでしょうか。
流郷:技術開発はたしかに大変なのですが、実はそれまでも大手商社やメーカーからは何度か依頼がきていたんです。ですが、概要を説明すると担当者様はかなり喜んでくれるのに、一度本社に持ち帰って上司に相談すると、「やっぱりナシで」と断られる。どうやらハエを使うというのが、ブランドイメージに良くないと思われたらしくて。