「愛されたい願望が強い」

子どもの頃、自分が家庭環境に居場所を感じられなかった、と佐藤は語る。小学校高学年の頃、父親から母親へのDVが原因で両親が離婚。佐藤はいつも、泣いている母を見ながら、何もできない自分に無力感を抱いていた。人を笑顔にしたい。『サザエさん』のような、ごく普通の家庭を築きたい。そんな憧れを抱くと同時に、佐藤は人から愛されたいという願望を持つようになっていく。

だが、思いとは裏腹に、どうしても素直に自分をさらけださずに、孤独になった時期もあった。
大学1年生のときのことだ。佐藤は賢者屋の前身となる任意団体を、他大学の仲間と3人で始めた。ところが、開始からわずか1ヶ月で他の2人がやめてしまったのである。あまりの決意のかたさに、佐藤は引き止めることもできず、ただ自分の至らなさに不甲斐なさを感じた。

「人が離れていったのは、自分に求心力がないからだと思った。もともと、目の前で起こっていることはすべて自分のせいだと考えるクセがあるんです」。

だが、打ちひしがれるよりも、活動を続けたいという思いの方が強かった。佐藤は、1人になった翌日には手当たり次第に人に声をかけ、一気に10人集めることに成功する。しかし、結局それもさらなる挫折のきっかけとなる。半年で全員が離れていってしまうことになったのだ。

「そのせいで、一時は、人を信用できなくなってしまったんです。一緒にやろう、って集まったはずなのに、どうして離れていってしまうのかがわからなかった。ただ、振り返ってみると、どういう人に会社にいてほしいかが明確でなかったのが原因だったんですね。一緒に走ってくれる人なら誰でもいいと思ってやみくもに人を集めてしまっていた」。

感情を出してからの人間臭い自分の方が、人が集まってくる

離れていってしまった仲間から、自分のパーソナリティーについて指摘されたことも、彼にはショックだった。「てへぺろって、人のことを考えてないよね、って言われちゃったんです」。
“てへぺろ”は、大学での彼の愛称。大学で人から注目を集めるために、彼が自ら考え出したあだ名だった。人の輪の中心にいたい。そんな思いを込めて、彼は自分を演じていた。人が集まる場所もつくりたかった。それなのに、どうすれば仲間とうまくやっていけるのかがわからない。ビジネスの仕方も、よくわからない。途方に暮れた佐藤は、感情が抑えきれず、帰りの電車のなかで涙がとまらなくなることもあった。

救ってくれたのは、先輩経営者から言われた、人は多様だということを忘れてはいけない、というアドバイスだった。「任意団体の活動のなかで、自分ができることは人もできると思い込んで、仲間に無理を言ってしまっていたんです。でも、先輩から人それぞれ得手・不得手があるんだ、と言われて、やっと目が覚めた」。

同時に、その頃から佐藤は人前で感情を解放できるようになっていった。母親が泣いているのを見て育ったせいか、彼には、強い自分でいないといけない、と思い込んでいるフシがあった。次第にそれが、人前で感情を見せることが苦手な性格へと変わっていたのだが、任意団体での二度の失敗から、彼には感情を隠している余裕などなくなった。電車のなか、という人がいる場所で涙を流したことは、彼にとっては大きな変化だったのだ。仲間の前でも強がらなくなった。

「感情を出してからの人間臭い自分の方が、人が集まってくるようになりましたね。自分でも、人間になったなぁと思います。前より楽しくなった」。

愛されたかったら、まずは自分が人を愛す

取材当日、佐藤はスタッフ全員に老舗和菓子屋のくずきりを渡した。くずきりは、一つ一つが筒のなかに入っていて、棒で押し出して、切り落としながら食べるようになっている、少し凝ったものだった。ご家族のいる人なら、持って帰って、子どもと楽しみながら食べることができる。「一緒に食べる人とのコミュニケーションのきっかけにもなるし、こうした一手間かかるものを渡すことで、自分を印象付けられるんじゃないかと思っているんです」。あるいは、よく知る人物に会う場合は、相手の好きそうなもの、気に入ってもらえそうなものを選んで買っていくこともある。数々の失敗と、人との交流のなかで、佐藤は、愛されたいと思うだけではなくて、まずは自分が想像力を働かせて相手を思いやることを覚えたのだ。

自分が関わる人に興味を持つことも重要だと考えるようになった。相手の経歴や、過去の実績をきちんと把握しておくこともそのひとつ。「人ってやっぱり、自分に関心を持たれていると思うと、嬉しいじゃないですか。それに、自分が話す相手が、どんなことをしてきたのかすごく興味がある。知っておくと、会話のきっかけができるし、より深い信頼関係を築けると思っています」。

取引先や、商談相手だけではない。佐藤はこの日、撮影中に「過去の執筆記事を拝見しました」と私に言った。いつでも、誰に対しても、一貫して、彼は興味を持ち続けている。そのことが、多くの人から愛される秘訣になっているのだ。そんな彼に、冒頭の取締役のように、期待を寄せる人は少なくない。彼の朗らかなキャラクターに影響され、撮影現場もいつになく盛り上がった。体型を気にしていた佐藤だったが、スタイリストから「隠そうとしない方が自然でいいですよ」と言われると、「そうですか?」と、恥ずかしそうにしながらカメラを見つめた。それでもまだ、心なしか腹部をへこませようとしている彼に、周囲は親しみや愛らしさのようなものを感じ始めていた。彼が、かつては人前で感情を見せるのが恥ずかしいと思っていたとは想像がつかないほど、今では素直な人柄になっている。

今年7月、賢者屋は5周年を迎えた。佐藤は、日頃の感謝を伝えたいという思いから、取引先の企業や利用する学生、従業員総勢300名を集めてパーティーを開催。多くの人が一堂に会するのを目の当たりにして、佐藤は、学生の頃に自分ひとりで抱いていた夢が、他の人の夢にもなっているのを実感したという。パーティーの感想を問うと、彼はたった一言、こう答えた。

「幸せでした」

今後の賢者屋の目標は、2020年度中までに全国に7店舗展開することだ。同時に、現在のインターン、アルバイトを含めた50名の従業員数を、180名に拡大することも視野に入れている。「関わるすべての人の幸せのため」という企業理念を軸にして、フリースペース以外の新規事業も検討中だ。

BIOGRAPHY

■2012 嘉悦大学ビジネス創造学部へ入学
■2013 学生による学生のためのフリースペース「賢者屋 -kenjaya- 」の
1号店を東京・新宿にオープン
■2014 株式会社賢者屋設立
■2014 大学生OF THE YEAR2014のビジネス部門にてグランプリを受賞
■2015 学生による学生のためのフリースペース「賢者屋 -kenjaya- 」の
2号店を大阪・梅田にオープン
■2016 東京新宿店、大阪梅田店の年間来場者数が7万人を上回る

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