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「人から愛される場所をつくりたい」
オフラインで企業と学生をつなぐ
年間約7万人の学生が利用するフリースペース・賢者屋を運営する佐藤祐。マスコットキャラのような親しみのわく笑顔の陰には、孤立無援になり、電車で泣きながら帰ったつらい日々があった。
「儲けよりも、誰かを幸せにすることを大切にしたい。」
─── 佐藤 祐
ある企業の取締役は、賢者屋に大きな期待を寄せている。「私たち法人から見ると、学生限定のフリースペースを運営する賢者屋は、約7万人の学生とつながるメディアのような役割を果たしているんです。ダイレクトリクルーティングや学生向けのプロモーション、マーケティングを考えたとき、大手の就職支援サイトにはなかった、新しい、学生と企業・社会との関わり方を生み出す可能性を感じる」。同時に、まだ27歳の若き経営者・佐藤祐を、こんなふうに評価する。「佐藤さんは自然に愛される人柄。マスコット的なチャーミングさがある一方で、発言内容や考えていることはとてもクレバー。とても大きな夢を持っていて、本人は『儲けよりも、誰かを幸せにすることを大切にしたい』と言っているけれど、彼がこれから夢とビジネスをどう掛け合わせていくかに注目しています」。
喜怒哀楽を解放できる空間をつくりたい
「賢者屋-kenjaya-」は、東京・新宿と大阪・梅田の二カ所に店舗を構える、学生限定の無料フリーシェアスペースだ。Wi-Fi 、電源(コンセント)、プロジェクターなどの設備を完備し、学生はそれらを自由に使うことができる。年間の利用者は約7 万人。利用する学生のほとんどは学生団体の主宰者や、その関係者だ。ミーティングやイベントを行う際に賢者屋のスペースに様々な学生が出入りするうちに、自然と新規の利用者が増えていく。メンバーはそれぞれ個性的。日本国内のみかんの消費量に課題を感じ、いかに増やすかを考えるための団体をつくった東大の学生などがいる。
代表の佐藤がこだわったのは、オフラインであること。
「アプリやネットを使ったサービスなら、すでに巷に溢れているし、他の人でもできる。自分は、人のぬくもりを感じられるサービスをつくりたい。そのため、今年4月まではウェブサイトもつくってなかったし、現在もなるべくウェブでのプロモーションに費用をかけずに、学生の口コミのみで店舗情報を広げています」。
利用学生のほとんどが自身のコミュニティを持っていることが、口コミが広がる理由のひとつになっている。
「情報感度が高く、情報発信力も強い『イノベーター』や『アーリーアダプター』といった利用者が多いことも、弊社の強みです」。
一方、法人や企業向けには、賢者屋の利用者を紹介するサービスを提供している。企業が実施する新卒やインターン採用、学生向けのイベント、プロモーションの支援が主な事業内容だ。定期的に、企業と学生のマッチングイベントも全国14都市で開催している。
賢者屋がオフラインで学生を集めていることは、企業にとってもメリットになる。
「賢者屋を利用している学生の約7割は、大手のナビサイトなどを使わずに就活を終えるのが特徴。そのため、企業からするとコストをかけずに、ナビでは出会えない優秀な学生を発掘できるんです」。
なぜ、賢者屋はそこまで学生を集められるのか。単に設備が揃っているという点なら、キャンパスやその他のフリースペースと同じだ。佐藤自身の夢が、学生から見た賢者屋の魅力にも深く関係しているのかもしれない。
「起業したのは、居心地のいい場所や、愛される場所をつくりたいと思ったから。では居心地のいい場所ってどんな場所か、と考えたときに思い浮かんだのが、自分の喜怒哀楽を解放できる空間だった。ただし、解放できるだけではなくて、それを周囲が受け入れることも重要」。
手作り感と温かみのある学生向けフリーシェアスペース「賢者屋」。
情報感度が高く発信力のある学生たちとそんな学生を求める企業とのマッチングも順調だ。
感情をむき出しにした学生たちを温かく見つめる
佐藤が手応えを感じるのは、議論が白熱して、学生が泣きながら何かを訴えているのを目撃するときだ。
「学生向けのフリースペースのほとんどが、設備は揃えていても、図書館のように静かに使わなければいけない場合が多い。声の大きさを気にせずに、仲間と自由に発言し合えるのが、他と賢者屋の一番の違い。よく言えば賑やかな空間ですが、その脇に僕たちの仕事場もくっついていますから、うるさくて作業が進まないときもあるんです。でも、学生が感情を出し合えることの方が大事だから、自分が外に出ていって、静かな場所で仕事を再開する」。
利用者が素の自分を出せる空間にするために心がけたのが、まずは従業員が自分を解放できる環境にすることだった。賢者屋は、アルバイトやインターンを多く採用し、学生に現場の運営を任せている。運営側の学生が居心地の良さを感じていれば、それが利用者にも広がっていく。
最近、佐藤にとって嬉しい出来事があった。ある女性が“出戻ってきた”のだ。彼女は長く賢者屋でインターンを務めたが、他の企業も見てみたいという理由から退職を決意。しかし、約1年すると再び賢者屋に戻ってきた。そのとき、彼女は、こんなことを言ったのである。
「新しい環境では、職場に行くのが嫌だなと思いながら通勤していた。考えてみれば、賢者屋では、行きたくないと思ったことなんて一度もなかった。だから、戻りたいと思った」。
アルバイトやインターン、社員と、佐藤との一対一の面談に数時間かかることもざらだ。仕事の相談、悩みを聞いているうちに、仕事以外のことにまで話は及ぶ。どんなことを話されても、佐藤はまず受け入れる。
「家族みたいになれればいいと思っているんです。僕が考えている家族とは、いいところも悪いところも含めてすべてを受け入れられる関係性のこと。自分にとっても、社員や利用者にとっても、賢者屋は心の落ち着く、帰るべき場所になればいい」。