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放送作家・脚本家、「くまモン」の生みの親。

イラストレーション=サイトウユウスケ

放送作家・脚本家の小山薫堂が「有意義なお金の使い方」を妄想する連載第38回。企業のアイデンティティを示す商標登録が初めて公布されたのは明治時代。調べると、あるメーカーの商標登録時には意外なエピソードが……。


ちょっと古い話で恐縮だが、熊本県のゆるキャラ「くまモン」を全国CMに初めて起用してくれたのはカゴメである。誕生2年目で熊本県営業部長に抜擢されたくまモンは、農林水産業の盛んな熊本をPRしようと、食の分野に営業を仕掛けた。それでもともと熊本産であるデコポンを使って「野菜生活100 デコポンミックス」をつくっていたカゴメのCM出演が決まったのだ。放送は2012年11月。以来、現在も同商品のパッケージにくまモンが描かれているのは嬉しいかぎりだ(季節限定商品なので、残念ながら夏は市場に出回りませんが)。

さて、“柑橘の王様”と称されるこのデコポン、実は日本の果物で唯一の商標登録なのです! 所有するのは熊本県果実農業協同組合連合会で、全国の柑橘関係農協県連合会を通じて出荷された不しらぬい知火のうち、高品質を保つ一定の基準をクリアしたものだけがデコポンという名を使用することができます。

商標登録とは、特許庁による設定の登録手続きを経て、商標権を生じさせる行政処分(くまモンも立派な商標登録である)。これが初めて日本で公布されたのは明治17(1884)年のこと。カゴメは、大正6(1917)年に初めて商標登録を行った。三角形をふたつ組み合わせた六ろく芒ぼう星せいが円に収まっている図形は、収穫時に使う籠を編んだときの目(ああ、だからカゴメ!)を表しているのだという。

面白いので調味料つながりでミツカンを調べてみたら、これがまた興味深い。

商標条例公布当時、酢の醸造業者の多くは酢桶に「丸勘」(「勘」の字を丸で囲んだマーク)と記していた。これは徳川時代に尾張の岡田勘三郎が良質な尾張酢を生産し、「酒は正宗、酢は丸勘」と言わしめるほどのブランドを立ち上げたことに由来する。(ミツカンの)四代目当主・中なか埜の 又左衛門は、長年使用していた丸勘の商標登録を登録所に願い出るのだが、3日遅れで先の尾張の酢屋(現マルカン酢)に先を越されてしまった。

そこで又左衛門が考えに考え、生み出したのが、家紋の「三」の字の下に記号の「◯」をつけた「三ツ環(ミツカン)」だ。この商標が明治20(1887)年に無事登録され、現在に至るというわけです。

明治時代の粋な広告イベント

もうひとつ、驚きのエピソードがある。四代目又左衛門は当時熱狂的な人気を集めていた歌舞伎の芝居小屋を一日借り切って、「東京披露会」として歌舞伎興行を行った。つまり、商標登録のお披露目大イベントを開催したのである。招待客はなんと1,500人。そのすべてに商標の由来を書いたパンフレット、商標をあしらったかんざしや徳利、お猪口などを配布した。客席にお弁当やお茶、お酒などを運ぶ小僧たちは、商標を染め抜いた法被や半纏を羽織っていたという。粋な計らいというものに弱い江戸っ子たちはこれで「酢はミツカンっきゃねえな」と口々に言ったのではあるまいか(あくまで想像ですが)。

言わずもがなだが、歌舞伎は400年以上の歴史を有する日本の重要無形文化財であり、ユネスコの無形文化遺産でもある。僕自身が初めて歌舞伎を見たのは、小学生のころ。東京・新小岩の叔母さんの家に遊びに行ったとき、歌舞伎座に連れていってもらった。3階の後ろの席で、演目が何だったかも記憶にないが、ものすごく笑ったことだけは覚えている。子どもが見ても笑える舞台芸術というものに初めて触れた体験だった。

その後、歌舞伎にどっぷりハマることはなかったのだが、今年の初旬に歌舞伎俳優の中村隼人さんとトークイベントでご一緒する機会があった。中村さんはスーパー歌舞伎2「ワンピース」に出演されている演者だ。あの尾田栄一郎さんの大ヒット少年マンガ『ONE PIECE』の舞台化作品といえば、驚かれる人も多いのではないか。僕が京都の下鴨茶寮の経営を引き継いだとき、前オーナーに「伝統は革新の連続である」という言葉をいただいた話をすると、中村さんは「伝統は一般的に守るものという意識があるが、先輩方が形にしてきたものを受け継いで演じる一方、時代の流行をその都度取り入れてきたのも歌舞伎である」という話をしてくれた。歌舞伎の懐の深さをあらためて感じ入った。

イラストレーション = サイトウユウスケ

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