熱海再生の若きキーマン
筆者が熱海に移住したのは去年の10月のこと。大した下調べもせぬままのスピード移住であったが、いくつか気になってネットで検索したことがあった。そのひとつが、地域とコミュニケーションを図れるスペースがあるかどうかだった。
まったく見知らぬ土地ゆえ、なるべく早く地域に溶け込みたいと思ったこと、飲み歩きが趣味であるため、飲み仲間ができるような心地いい居場所を確保したいというのがその理由だった。
検索した結果、多くヒットしたのが「ゲストハウス MARUYA」という場所だった。宿泊ができるゲストハウス機能を備えつつ、カフェ&バースペースも用意されているという。引っ越したその週に、早速そこを訪れてみることにした。
日々、観光客や地元住民が集うゲストハウス MARUYA。目の前の干物店で買ってその場で焼いて食べることも。(c)Hamatsu Waki
ゲストハウス MARUYAは、熱海の目抜き通りである熱海銀座商店街にある。軒先には小さなカウンターとボックス席があり、静岡の地ビールや地元産の食材を使った料理を提供している。その奥にイベントスペースがあり、さらにその奥に宿泊スペースがある。間口のわりに敷地は広く、元はパチンコ屋だったという。
カウンターに座り、地ビールを一杯やりながらお店の人と話していると、一人の男性が現れた。聞くと、このゲストハウスの運営をしている人物だという。それが、市来広一郎氏だった。地元出身でまちづくりに取り組んでいるという話を聞き、後で調べてみたところ、このほか、熱海銀座商店街でコワーキングスペース「naedoco(ナエドコ)」とシェアテナント「Roca(ロカ)」を運営していると知った。
naedocoの月額利用料は1万円。地元のラウンジスペースとして活用されることも多い。(c)Yoji Tanaka
今では、筆者は「naedoco」の会員となり、この原稿もそこで執筆しているし、「Roca」に入っている「La DOPPIETTA(ラ・ドッピエッタ)」のジェラートもお気に入りだ。その後、市来氏とは時たま顔を合わせることがあったが、特に仕事の話をすることはなかった。
しかし、市来氏が自著「熱海の奇跡」(東洋経済新報社)を刊行したこと、筆者がこの連載を始めたことを機に、あらためて現在の取り組みについて話を聞いてみた。
地元愛に突き動かされた10年間の取り組み
まずは、市来氏の経歴を簡単にまとめておこう。熱海で生まれ育ち、大学進学を機に上京。学生時代にバブル崩壊の余波を受け、親が管理していた保養所が閉鎖。故郷を追われることとなる。卒業後はコンサルティング会社に就職にしたものの、衰退してしまった熱海を再生したいという想いに突き動かされ、退社した後、Uターンし、ゼロからまちづくりに携わる。