グロービス経営大学院大学 准教授/声楽家


ウィリアムズCEOの話は、予想通り、かなりの立身出世物語だった。彼女は父親が政治難民で、5歳のときにキューバを逃れて米国へ。父親は、工場と皿洗いと食料品店の3つの仕事を掛け持ちし、母親もフルタイムで内職をし、何とか生計をたて、一家はやっとの思いで小さな食料品店を始めた。

当然、ウィリアムズもクラブや課外活動などする余裕はなく、遊びもせず、家の仕事を手伝う日々。そんな生活ではあっても、勉強は人一倍頑張って、大学に進学、エンジニアリングを専攻して、就職した。

その際に、メンターにひとつの質問をされたそうだ。「君の長期的なゴールは何だね?」と。

彼女が「マネージャーかスーパーバイザー」といった答えをしたら、「いやいや、もっと長期的なゴールを聞いている。会社があるなら、誰かがその会社をリーダーとして引っ張っていく必要がある。そしてそれは君かもしれない」と言われたそうだ。それで初めて、「そうか、女性が社長になってもいいのだと思うことができた」と彼女は思ったという。


パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック・カンパニーのゲイシャ・ウィリアムズCEO (c)Getty Images

このメンターとの問答をきっかけに、価値観が大きく転換した彼女は、成功するために朝も夜もなく働いた。米国で出世をしようとするビジネスエリートの労働状態は、日本のブラック企業も真っ青になるくらいのものであるから、本当に彼女は24時間365日働いていたのだと思う。

すると、ある日、これまた当時のメンターに、「あなたはすごく優秀だけど、もうちょっと人間味がないと、人がついてくるリーダーにはなれない。誰もロボットについて行きたくはないでしょう?」と言われたそうだ。

確かに彼女は、そのとき、女性のロールモデルになろう、強いマネージャーになろうと必死だったそうである。「でも、その通りだなと思って、自分をさらけ出すようにしようと思いました。最初は大変だったわ。でも2年くらいかけてスタイルを変えていき、いまの私の私らしいリーダー像に近づいていきました」と最大の転機を語った。

そんな彼女が、リーダーへのアドバイスとした言葉は、まさに彼女の信じるところであるメンタリングについてだった。「メンタリングの力は本当に大きい。私はその証人ですから、その力を企業も、従業員もうまく使って、成長していってほしいと思っています」。絵にかいたようなアメリカン・ドリーム物語に、会場は拍手に包まれた。

文=武井涼子

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