今度は、メリットを考えてみよう。このタイヤ、どんなメリットがあるだろう……例えば、500円玉を入れなければならないので、500円玉貯金ができる、としてみよう。
デメリットを考えてみる。手持ちに500円玉がなければ車を動かすことができない、運転中にタイヤがジャラジャラいってうるさい、など。
そしてこれまでのものをまとめると、こんな感じの物語になるだろうか。タイトルは「タイヤ貯金」。
「あなたも貯めよう! タイヤで夢の100万円!」
あるときカー用品店を訪れると、そんな文言が目に入った。興味を引かれて店員にその詳細を尋ねてみると、店員は言った。
「ほら、ホイールの真ん中に穴が空いているでしょう? そこから500円玉を入れるんですよ。そうするとロックが外れてタイヤが回転するようになるわけです。500円玉貯金のタイヤ版みたいなものですね」
おれは遊び心を刺激され、その妙なタイヤを試しに買ってみることにした。そしてさっそく車に装着してもらい、500円玉を投入してから家に帰った。
しばらくは、運転するたびにお金が貯まる感覚が楽しかった。が、エンジンを切るたびに施錠され、再び500円玉を投入しないといけないので次第に面倒になってきた。500円玉が手元になく、同僚からお金を借りて恥もかいた。お金が貯まるにつれてタイヤ自体がジャラジャラいいだし、妻にうるさいと怒られた。
おれはついに我慢の限界がやってきて、あるとき衝動的に八つ当たりをしてしまった。すなわち、バールでタイヤを殴ったのだ。その結果、ホイールは割れ、ゴムは破裂し、大量の500円玉が辺りに飛び散ることとなった。壊れた部分の修理代は、貯まった500円玉ではまかなえなかった。
お粗末様でした!
という感じで物語が完成すれば、みんなでワイワイ発表し合う。そして物語に潜んでいる、現実世界へ還元できそうな可能性を探っていく。このタイヤ、本当にあったらどうだろう。あるいはお金じゃなくて、タイヤで水を貯めたりできないものだろうか。関係ないけど、エコ運転で現金が貯まったらうれしくない?
昔の人に、「持ち運べる電話」の物語など聞かせたら、きっと一笑に付されることだろう。しかし中には感化され、新たな可能性を見出す人もいるはずだ。
未来のことを考えるとき、世に出回っている未来予測を参考にするのもいいけれど、物語を自分の手で書いてみる。そしてそこから、未来の種を考えてみる。そんな、自らの空想に端を発する思考法もいかがだろうか。
一見して荒唐無稽な物語の中にこそ、未来を切り拓くヒントがある。
田丸雅智◎電通Bチームメンバー。新世代ショートショートの旗手として執筆活動に加え、全国各地で創作講座を開催するなど幅広く活動している。著書に代表作『海色の壜』など多数。