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川村雄介の飛耳長目

爆食といえば中国の代名詞である。おコメの消費量は年間約1億5000万トンと日本の20倍、基本的に先進国ほど多い砂糖消費も、年間1800万トンに達している。日本は糖質制限ブームの下で、いまや200万トンを切ろうとしている。

8月のお盆前、蒸せい籠ろ 蒸しのような東京の猛暑を避けようと、私は江の島海岸にいた。日差しは強烈だが、東京とは空気の臭いが違う。「北京から青島にきたみたい」。モータープールの木陰を歩きながら嬉しそうに呟く袁さんは、日本の大学院を卒業し、帰国後はシンクタンクで経済分析にあたっている才媛だ。

湘南道路沿いの低い松林と砂浜を望む老舗のフレンチレストラン。ベジタリアンの袁さんは、丁寧な給仕人から告げられた特別メニューにご満悦である。

「おもてなしって、こういうところに出るんですね」。メガネを掛け直した彼女の視線は、窓際のテーブル席で歓談する初老の一群で止まった。「ああ、日本だわ……」。

彼らのテーブル上の皿はきれいに平らげられている。「日本人は食べ物を残すのは失礼、中国人は残すのが豊かさのしるし、という文化ですね。中国は国連のSDGs(持続可能な開発目標)を高らかに掲げているけど、う〜ん、って感じかなあ」。

文化の相違はエコノミクスだけで判断できるものではない。大皿に山のように積まれた料理は豪快だし、客が絶対満腹になるように、という気遣いも「おもてなし」の一種であろう。日本でも一昔前には、食べきれないほど出すことが、歓迎の度合いを示すように考えられていた。

反対に、残した料理をお包みで持ち帰り、というのは経済合理的だ。中国人の多くは、これをやる。アメリカではdoggy bagと差別用語のような表現だが。日本では食品衛生がうるさく、最近ではなかなか難しくなってきた。

「ところで」と、袁さん。「食や環境問題もさることながら、中国の統計の不正確さには参ってます」。例えば、と彼女が指摘した統計値が二つあった。

まずは地方経済の統計である。遼寧省は昨年の省人民代表大会で、今世紀初頭の4年間、財政収入を2割程度水増ししていたことを公表した。大都市の天津市は、2016年の総生産を1兆元から6600億元へと3割以上、下方修正した。内モンゴル自治区では工業生産額の4割が水増しだった。いまや、地方の経済統計は「修正」というよりも、そもそも虚偽ではないか、と疑う必要があるという。

文=川村雄介

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