「コシヒカリが好き」と答えたとしても、その理由までを詳細に説明できるだろうか。または「もっちりとしたお米が好き」と答えても、その代表品種を挙げられるだろうか。
日本では日常的にお米を食べていても、その品種の特性を意識している人は少ないように思う。では、海外ではどうだろう。パエリア発祥の地であるスペインのバレンシアを訪れると、お米の好みは驚くほどはっきりとしていた。
スペインの「ブランド米」は不人気
パエリアに使われるスペイン米として、日本でも知られている品種に「ボンバ」というものがある。日本のお米と言えばコシヒカリとなるように、スペイン米でもまずボンバの名前が挙がる。しかし、それ以外の品種もある。バレンシアで、「どんなお米が好き?」と聞いてまわると、ボンバ以外の名前が続々と出てきた。
稲作がさかんなバレンシアのエル・パルマール村の米農家、ジョセップ・ロストール・フエンテスさんは「ボンバは有名だが、好きではない」と言う。彼が栽培しているのは「センダラ」という品種で、「味も香りも良い」と絶賛する。
バレンシアのエル・パルマール村の米農家、ジョセップ・ロストール・フエンテスさん
「ボンバはスープを吸う速度がゆっくりで、アルデンテにつくりやすい。一方、センダラはすぐにスープを吸うので、加熱中はきちんと見ていないとすぐに軟らかくなってしまう。しかし、お米は食感が硬すぎても軟らかすぎても駄目。ボンバはいつまでも硬いが、センダラはアルデンテとソフトの中間が出せる。それが私にとってベストな食感なんだ」
スペインの米の調理は、日本の炊飯とは異なる。パエリアの他に、汁気の多い“スペイン風雑炊”とも言える「カルドソ」、カルドソよりも少ないスープで調理する「メロッソ」、“スペイン風炊き込みごはん”とも言える「アロス・アル・オルノ」など、お米にスープを吸わせるのが主流。フエンテスさんの日常の食卓も、カルドソとアロス・アル・オルノが多いそうだ。
パエリアに向くのは、ドライなタイプの米。「アルデンテすぎず軟らかすぎない微妙なポイント」だという
レストランで使用されているボンバ
米農家だからフエンテスさんが品種に詳しいのは当たり前かもしれない。そこで、一般の人たちにも聞いてみようと、さまざまな農産物が集まるバレンシアの中央市場へ足を向けた。
お米を物色していると、ボンバとセンダラの他に、「アルブフェラ」という品種を発見した。女性店員によれば、「パエリアに向くのは、ドライなタイプのアルブフェラとボンバ。センダラは、メロッソやカルドソのような汁気の多い料理に。アルブフェラは、パエリア、メロッソ、カルドソのいずれの料理にも合う」ということだ。
価格を見ると、ボンバは他の米よりも少し高い。やはりボンバは、スペインではコシヒカリのようなブランド米なのだ。しかし、この女性店員も「ボンバは好きではない」と言う。フエンテスさんと同様に、アルデンテすぎず軟らかすぎない微妙な食感が好きで、それはボンバでは出せないそうなのだ。
スーパーマーケットのお米売場で客の様子を眺めていても、嗜好の問題なのか、価格の問題なのか、ボンバを手に取る客にはなかなか出会えなかった。バレンシアとバルセロナで回ったレストラン6軒のうち4軒が使用している米がボンバだったところから考えると、ボンバは特別なときに食べる「ハレ」の品種だから、スーパーで購入されなかったのかもしれない。