タレブの論に沿って、関空のケースを見てみよう。そもそも建設計画当初から空港に不向きな立地と言われ、地盤沈下が続いていたというから、複雑で脆弱だったのだ。その対策が、「50年に1度の高波にも耐えうる」護岸工事では、「ほとんどの予測は無意味」と断言するタレブでなくても「頑健」とは程遠いとわかる。
陸路唯一のアクセス手段が、事故を起こした連絡橋だったわけであるから、「アンチフラジャイル」に必須の「オプション(選択肢)」の追求が、なぜ図れなかったのだろうかと思う。
以前、ヴェネツィアのホテルから空港まで、船で海上を行ったことがあるのだが、アドリア海を突き進み飛行機に乗り込む、かつてない体験の高揚感たるや、強く印象に残っている。
関空においても、いっそのこと海上埋立地の立地を活かし、船ならではのエンタテインメント要素を盛り込んだ体験を提供できる導線を、日頃から充実させていたら、きっと付加価値の高いビジネスになったばかりか、今回のような大混乱は避けられたのではないかと思う。
大阪府泉佐野市のりんくうタウンと関西国際空港島を結ぶ連絡橋(shutterstock.com)
シンディ・ローパーのリスクを抱えた賭け
3年前、ブエノスアイレスの空港で遅延トラブルに巻き込まれたシンディ・ローパーが、航空会社のアナウンス・マイクを奪い、自身の大ヒット曲を熱唱し、その模様がSNSで世界的に拡散されてニュースになったことがあった。
結果的に、機転と勇気が賞賛され、喝采を浴びたから良かったものの、大スターにとっては評判を落としかねないリスクも抱えた賭けでもあった。タレブの論を援用すれば、このケース、ダウンサイドリスク(損失の不確実性)は限定的で、一方アップサイドリスク(利得のある不確実性)は無限大であり、ポジティブなブラック・スワンを生じせしめる可能性がある、これぞまさに「アンチフラジャイル」な好機と考えられるのだ。
しかし、この状況を「反脆弱性」と呼んでもどうもピンと来ない。平たく日本語にすると「かえって得するしぶとさ」とでも言い替えられそうだが、どうも語感がぼんやりとしていて有難みに欠ける。そして、あれこれ考えた挙句、「問題逆転力」という言葉に行き着いた。「問題をむしろひっくり返して利点にする力」である。
いまの世の中は胸焼けしそうに「問題解決力」が流行っているが、タレブ流に指摘するならそれは「頑健」に過ぎない。だいたいは問題とは言うものの、本当に根源的な問題は少なくて、自己都合の商売のために仮構されたものが大半というのが実情ではないか。
余談はさておき、タレブの論に戻り、彼の定義した3つの性質に対応するならば、問題収拾力/問題解決力/問題逆転力と、不確実性への対処を整理できそうだ。
翻って日本は、「柔をもって剛を制する」柔道を国技とする、元来「問題逆転力」に長けた国柄であったはずだ。それが昨今は過度にコンプライアンス病に罹り、「リスクチェック」(あら探し)ばかりがはびこる、大局的で本質的なリスクマネジメントに欠けた社会に陥っているのではないか。ましてやリスクを引き受け、変動性を味方につけて、勝負に出る猛者はいずこに。
さて、大胆にも代替案を考えた「問題逆転力」。すでに用例はないか、おどおどしながらネット検索を試みてみた。幸い同一はなかったものの、最初にヒットしたのは、ある書籍のタイトルだった。
指原莉乃著「逆転力」、サブタイトルは「ピンチを待て」。内容は、タレブの、もはや古典入り間違いなしの哲学書と類似していたのだった。参りました、サッシー。
連載:ネーミングが世界をつくる
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