無能だった私を変えてくれた凄い人たち──元オグルヴィ共同会長 タム・カイ・メン(後編)

2005年のカンヌで。(左から)著者、タム・カイ・メン、博報堂の宮崎さん


カイは、世界中を飛び回っていたので、時には数週間オフィスにいません。出張から戻った時には、毎回、ハグをされました。他のスタッフにはしないので、もしかして..? と戸惑う時期もありましたが、とにかく毎回のことだったので、おかげで、ハグに抵抗がなくなりました。この自然にハグする感覚は、この後の人生(仕事でも、プライベートでも)において、ものすごく役立ちました。

リージョナルオフィスに、唯一の日本人だったこともあり、カイは私のことをとても気にかけてくれ、自宅に招かれたり、食事にもよく連れて行ってくれました。

日本大使館の元料理人が始めたばかりの日本料理店に連れられて行った時のこと。お皿も含め、料理の盛り付けが、どれも美しく、素晴らしかったのです。シンガポールに数多ある日本料理風の店とは、すべてにおいてレベルが違いました。カイが言いました。

カイ:この盛り付けは、日本人のキミが見ても美しいか?

松尾:すごく美しいですよ。

カイ:やはり、そうか。美しいと感じるものには、日本人も、シンガポール人も関係ないな。こういうレベルの、感じる広告をつくりたいな..。

カイは、一人のクリエイターの顔になっていました。この時の会話は、いつも私の心の中に響いています。
 
どんな仕事もそうだと思いますが、理屈を超えた先に、強い説得力が宿っているものです。空いているピースを理屈で埋めても、それらしい正論ができるだけで、人の心は動かせません。人はまず感覚的に捉えるので、感じるところまで1つ1つを高めていかないと、興味なく広告を見ている人を振り返らせることができません。その作業には、正解も、終わりもない。

「覚悟がないと、できないよね?」 とカイには、いろんな場面で言われ続けていた気がします。カイと仕事をできたおかげで、今の私はあります。カイさん、ありがとうございます。

連載:無能だった私を変えてくれた凄い人たち
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文=松尾卓哉

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