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無能だった私を変えてくれた凄い人たち

2005年のカンヌで。(左から)著者、タム・カイ・メン、博報堂の宮崎さん

2006年当時、世界に400以上あったオグルヴィのオフィスの中でクリエイティブ部門が強かったニューヨーク本社、ロンドン、ヨハネスブルグ、ハンブルグ、サンパウロ、シンガポールの6つが私の移籍先の候補になりました。(記事前編はこちら

家族も同行するので、安全面なども考慮し、いくつかのオフィスには面接に出向き、最終的には、ローカルオフィスではなく、アジア太平洋地区を管轄するリージョナルオフィスであるオグルヴィ・アジアパシフィック(シンガポール拠点)に移籍しました。そのクリエイティブ部門のトップが、カイでした。
  
東京オフィスを退社することになるので、契約書にサインする時、人事の責任者に繰り返し言われました。

人事:いいですか、日本の労働法とは異なりますよ。この書類にサインをすれば、明日、クビになる可能性もあります。 

松尾:理解しました。どんな時に、クビになるのですか?

人事:あなたの上司が、クビだと言ったらです。

松尾:上司は誰になるのですか?

人事:基本的には、カイだけです。

私は、“リージョナル・クリエイティブ・パートナー”という肩書きで、カイのパートナーとして、彼の部屋のすぐ横で働くことになりました。


私のデスクから見た当時のカイの部屋。なぜか、カイの秘書よりも私の方が近くに座っていました。

リージョナルのクリエイティブスタッフは、アジア太平洋地区の各国オフィスの仕事を支援するために、よく出張に行きました。その度に、私の秘書は、飛行機はビジネスクラス、ホテルは一流の良い部屋を取ってくれました。カイに訊いたことがあります。

松尾:どうして、毎回、良いホテルを取ってくれるのですか?日本では考えられない厚遇です。

即答でした。

カイ:行った先で、最高のパフォーマンスを出してもらうためさ。

そして、笑いながら付け加えました。

カイ:・マツオのパフォーマンスが悪ければ、我々は仕事をなくすだろ?
  
この言葉の通り、本当にタフで、シビアな世界でした。例えば、全世界契約の仕事の場合、ある国の施策がどんなに成功していようと、NY本社が競合プレゼンに負けると全世界でその仕事が一斉に失くなり、人によっては職を失いました。

アジア太平洋地域での契約の仕事にも同じことが言えましたので、週一回のカイへの報告会は、凄まじい緊張感があり、一切の妥協を許してくれませんでした。

文=松尾卓哉

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