ビジネス

2018.09.25

起業家不毛の地「オーストラリア」が南半球のシリコンバレーになる


では、オーストラリアは「第2のシリコンバレー」になれるのだろうか。

その素地は充分にありそうだ。飛行機のブラックボックスや心臓ペースメーカー、超音波スキャン、Wi-Fiなど、同国は人類史を塗り替える数々の素晴らしい科学技術を生み出してきた。

さらに、オーストラリアにはあまり知られていない強みがある。それは、「帰国者」たちだ。実は、この国にはシリコンバレーで働いた経験をもつ熟練技術者などが少なくない。

その理由はビザにある。「E3ビザ」は世界でオーストラリア人だけが対象のアメリカの労働ビザ。米豪間で自由貿易協定が成立したことを受けて05年に導入された。一般に、アメリカ主導のイラク戦争にオーストラリア軍が参戦したことへの「見返り」とされる。16年には、5,609人がこのビザを取得した。

「オーストラリア人がアメリカで働くのは非常に簡単。同じ英語圏だし、文化的にも近く、教育水準も高い。雇用主にとって安心して採用できる条件がそろっている」とマコーリーは言う。

「オーストラリアの若い人たちがシリコンバレーに行きたがるのは、向こうだと2倍くらい稼げて、フェイスブックやグーグルなど世界のテクノロジーの中心で仕事ができるからです」

しかし、とマコーリーは続ける。

「アメリカで10〜15年くらい働いたら、だいたいみんなオーストラリアに戻ってきます。この国の生活環境はやはり魅力的。とくに子育てするなら、オーストラリアの方がはるかに環境がよいですからね」

つまりE3ビザを使ってシリコンバレーで「武者修行」したオーストラリア人たちが、数年後に帰国し、地元のスタートアップやベンチャーキャピタルなどへ最新の技術やノウハウを伝える。

「これがオーストラリアの隠れたアドバンテージです」(マコーリー)

もちろん、課題も少なくない。よく耳にするのは、専門スキルをもった人材の不足だ。

今年1月にユニコーン企業となった「Canva」の共同創業者キャメロン・アダムズは、「会社の規模を拡大させた経験をもつ人が少ない」と指摘する。

「シリコンバレーだとグーグルやフェイスブックなど成功した大企業があって、数十億人が使うサービスの技術的な課題について熟知している人たちがいる。でもオーストラリアには、そういうスキルをもっている人がほとんどいない。だから、海外から人材を獲るしかないんです」

大手VC「AirTree Ventures」のパートナー、ジョン・ヘンダーソンも、「バイス・プレジデント級の人材が不足している。今のオーストラリア国内では、複数のスタートアップで資金調達を成功させたようなプロダクト・マネジャーを見つけるのは難しい」と打ち明ける。

根強い「安定志向」

また、別の問題もある。それは、スタートアップ・シーンが急速に盛り上がりつつあるとはいえ、まだ世間一般の認知度が低いことだ。

「大学では起業を学べるコースも増えていますが、いざ就職となると、今でも大企業を選ぶのが王道。私の周りでも、スタートアップをキャリアに選んだ友人はほとんどいません」と話すのは、今年大学を卒業し、ASXの証券アナリストとして働き始めたエドワード・ピムだ。

国民の安定志向は根強い。その理由について、マコーリーは「経済的な成功の裏返し」だとみる。

「オーストラリアは過去26年間にわたって景気拡大を続けてきました。これは先進国では最長です。雇用は安定しているし、生活環境・教育・医療も世界トップレベル。大学は授業料が安いので、ほとんどの人が進学します。でも自分の子供に医学や法律、会計ではなく、起業について学んでほしいと思う親は少ない。人々の意識が変化するのには時間がかかるでしょう」

「第2のシリコンバレー」への道のりはまだ遠い。だがシリコンバレーとの圧倒的な差を肌で実感し、進むべき方向性を理解している人材が豊富なのも、またオーストラリアの強みだと言えるかもしれない。

文 = 増谷 康 スタジオ・ムティ / イラストレーション = フォリオ

この記事は 「Forbes JAPAN 100通りの「転身」」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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