ビジネス

2018.09.25

起業家不毛の地「オーストラリア」が南半球のシリコンバレーになる


ではなぜ、オーストラリアのスタートアップ・シーンがここに来て急に盛り上がりを見せているのか。

もちろん、これまでもこの国にテクノロジー起業家がいなかったわけではない。とくに00年代、「SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)」と呼ばれる業務ソフトウェアの分野で、いくつかの有力なテック企業が台頭した。人口2400万人という小さな国内市場では、消費者向けビジネスが成り立たないという事情もあった。

前出のVC投資家、シェヴァクは、こうしたSaaS企業が、今日のブームの種をまいたと語る。

「この国では00年代に、AtlassianやWiseTech Global、それにCampaignMonitorなど、十数社のすぐれたテクノロジー企業が出てきました。興味深いことに、彼らは創業・初期ステージでほとんど外部資金を調達しなかったにもかかわらず、急成長しました。

とくにAtlassianのように世界的に大成功すると、創業者だけでなく、従業員らも大きな利益を手にします。彼らの何人かはエンジェル投資家になったり、他のスタートアップに移ったりして、自分たちの成功・失敗体験を周りに伝えていく。

こうして1社の成功が、次の10年間に3〜4社のさらなる成功を生むというサイクルができあがる。これが、CanvaやSafetyCulture、Culture Ampなど、ここ5年くらいで “第2世代”のテック企業が台頭している大きな理由です」

「過保護国家」の変貌

取材を進めていくと、もう一つ重要な要因が見えてきた。それは、政府のスタートアップに対する姿勢が転換したことだ。「過保護国家(Nanny State)」。そう揶揄されることもあるオーストラリアでは、政府の保護主義的な政策と、がんじがらめの規制が、新たな産業の育成を阻んできた。つい数年前まで、スタートアップは「ストックオプション」を事実上発行することすらできなかった。

ところが、15年にマルコム・ターンブル現政権が発足すると、状況が一変。政府はすぐさま「イノベーションを経済発展の核に据える」との方針を打ち出し、包括的な経済振興策を発表したのだ。

「国家イノベーション・サイエンス・アジェンダ」と呼ばれるこの政策パッケージは、「起業家への税制優遇」「インキュベーションファンドの設立」「海外進出拠点の設置」「理数系教育の推進」「優秀な外国人研究者誘致のためのビザ改革」など、全24の施策からなる。予算規模は4年間で、なんと11億豪ドル(約880億円)にのぼる。

その威力はかなりのものだ。たとえば、エンジェル投資家に対する税制優遇措置が導入された16年度には、3億豪ドルが同国のスタートアップに流れ込んだ。20%の税額控除に加え、売却益が全額非課税になるという内容だ。

さらに興味深いのは、改革がそこで終わらず、各州政府が連邦政府の動きに追随したことである。

現在、シドニー、メルボルン、ブリスベン、パース、アデレードの5都市を中心に、各州がまるで競い合うかのように、スタートアップ・ハブを作ったり、ベンチャーファンドを設立したり、とさまざまな起業家支援策を推し進めている。

最大都市シドニーの中心部には今年2月、南半球で最大規模となる11階建ての起業家支援拠点「Sydney StartupHub」が完成した。ニューサウスウェールズ州政府が3500万豪ドル(約28億円)を投じて造ったものだ。

「連邦政府の包括的政策パッケージと、各州政府レベルのさまざまな取り組みが合わさって、かなり強力な起業家支援体制ができあがりました。まだもっとできることはあると思っています。とくに連邦政府はそろそろ追加の支援策を打ち出してもよい頃です。でも少なくとも、政府がスタートアップに対して何もしていないということはありません」と、マコーリーは一定の評価を下す。
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文 = 増谷 康 スタジオ・ムティ / イラストレーション = フォリオ

この記事は 「Forbes JAPAN 100通りの「転身」」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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