「スタートアップにとって、オーストラリアは事業コストが高すぎる。賃金、コンプライアンス、税金だけでなく、ソフトウェアの値段も高額。それなのに、ファンディング(資金)は少ししかない」
シドニーに拠点を置く有力スタートアップ、AirtaskerのCEO、ティム・ファングが地元メディアのインタビューでこんな不満を述べたのは、今から4年前のことだ。
欧米から遠く離れた南太平洋に位置し、天然資源や農業、観光などを産業の柱としてきたオーストラリアは、世界有数の先進国でありながら、長らく“スタートアップ不毛の地”とされてきた。
同じく4年前、同国を代表するテクノロジー企業のAtlassianが、登記上の住所をイギリスのロンドンに変更したことも、「オーストラリア離れ」を象徴する出来事として話題を呼んだ。
平等主義を重んじるオーストラリアでは、商業的な成功を追い求めるのはよしとされない。「トール・ポピー症候群」、日本的に言えば「出る杭は打たれる」的な価値観も影響しているとされる。
ところが、そんなオーストラリアが最近、目を見張るような変貌を遂げている。
「スタートアップ・ブームは過去5年間で最高潮にある」と語るのは、オーストラリア証券取引所(ASX)のエグゼクティブ・ゼネラル・マネジャー、マックス・カニンガムだ。
ASXでは近年、テクノロジー企業の上場ラッシュが続いている。その数は現在230社を超え、5年前のなんと2倍近い(P.89上のグラフ参照)。さらなる増加を見込み、ASXはテクノロジー・イベントやコワーキングスペースのスポンサーになるなど、起業家コミュニティとの関係構築に乗り出している。
またベンチャーキャピタル(VC)の投資額も2015年以降に急増。国内の資金調達額は、17年度に初めて10億ドルの大台を突破した(P.89のグラフ参照)。「ようやくこの国でVCやエンジェル投資家のコミュニティが育ちつつある。オーストラリアのスタートアップに対するシリコンバレーのVCの関心も、従来のレイターステージから、アーリーステージへと移り始めています」
そう語るのは、12年にシドニーで“老舗”VCのブラックバード・ベンチャーズを共同創業したニキ・シェヴァクだ。
実際、同国ではAirwallex(国際決済)やDeputy(従業員管理)など、アメリカのVCから資金調達に成功するアーリーステージのスタートアップも登場している。
目に見える変化も起きている。従来、オーストラリアのスタートアップはより大きな機会や成長資金を求めて、シリコンバレーなど海外に拠点を移すことが少なくなかった。だが最近では、自国内にとどまる企業が増えている。
「ここ数年で『国内で作って世界へ売る』という動きが強まっている」と話すのは、起業系シンクタンク「StartupAUS」のCEOで、元外交官のアレックス・マコーリーだ。
「アメリカに現地オフィスを開いたり、たとえ本社を移転したりしても、中心となる製品開発チームを国内に残しておく向きが増えています。これはこの2〜3年で起きた一番素晴らしい変化です」