ビジネス

2018.09.18

ふるさと納税の岐路「お得で釣った人は、また別のお得に釣られる」

平戸市職員の黒瀬啓介

ふるさと納税が岐路に立っている。これまで一部の自治体が高額な返礼品を呼び水に、多額の寄付金を集めてきた。いわゆる「返礼品競争」が一段と激しくなり、不公平感を訴える声も多く上がってきていた。

政府は9月11日、これを規制するため、返礼品は地場産品に限り、金額も寄付金の30%以下とすることを法制化して、違反した自治体には厳しく対処する方針を発表した。この地方税法改正案は来年4月からの施行をめざしているが、違反した自治体は制度から除外、寄付した側も税の優遇措置を受けられなくなる。

手製のカタログでふるさと納税日本一に

ふるさと納税は2008年度から運用が開始されたが、その寄付額が急激に伸びたのは返礼品競争が過熱し始めた2014年から。その年、平戸市役所(長崎)は、返礼品額を30%程度に抑えながらも寄付金額日本一の座を射止めた。その立役者が平戸市職員の黒瀬啓介だ。

黒瀬は「寄付者ファースト」というコンセプトのもと、行政が苦手と言われるマーケティング視点を駆使して、実績を上げた。カタログから返礼品を選べる仕組みを全国に先駆けて採用し、寄付金額に応じて有効期限を設けないカタログポイントを付与することにした。

黒瀬は、当時の調査で、東京都民の平均寄付金額が10万円であることに注目。それを見て、1万円程度の返礼品が多くを占めるなか、わざわざ10箇所に寄付を行うのは面倒だろうと寄付者の立場に立って考えた。1度寄付をすれば、後日好きな時に注文できるというカタログポイントの仕組みが寄付者の需要を捉え、駆け込み時には全国と比べて約3倍の寄付単価を実現した。

寄付金額日本一になった要因を黒瀬は「先行者メリット」だと振り返る。公務員がその言葉を口にする姿はとても新鮮に映ったが、ふるさと納税が注目される前に体制を整え、それがメディアに取り上げられたことが幸運だったという。キー局の有名バラエティ番組への露出などの反響も大きかったがニューヨークタイムズやエコノミストからも取材を受けた。

予算ゼロからのスタート

黒瀬は、2012年にふるさと納税の担当部署に異動した。同年度の平戸市への寄付金額は年間約100万円というなか、他自治体が9000万円集めていると知り、負けず嫌いの黒瀬の心に火がついた。

まず、地元事業者と連携するため、かねてから付き合いのあった直売所、観光協会、商工会議所に打診し、カタログをつくることを決めた。といっても、ふるさと納税のために割り当てられた予算はない。そこで、別組織がつくった平戸市の特産品が購入可能なギフトカタログを、黒瀬がグラフィックデザインソフトを使ってリメイクした。

驚くべきことに、カタログは自分の課のカラープリンターで印刷した。まるでベンチャー企業のように、ふるさと納税の申し込みがある度に、カタログを印刷、製本し、注文表と礼状を併せて寄付者に送っていた。

申し込みが大量に来てプリンターのインクがなくなったり、紙が詰まったりなど、まさに悪戦苦闘の毎日だった。その状況を見かねた上司が予算の都合をつけ、プリンターとの格闘は幕を閉じたが、日本一になるまで、このような泥臭い仕事にもけっして手を抜かず丁寧に対応した。
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文=加藤年紀

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