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放送作家・脚本家、「くまモン」の生みの親。

イラストレーション=サイトウユウスケ

放送作家・脚本家の小山薫堂が「有意義なお金の使い方」を妄想する連載第37回。東京・神宮前から北海道・富良野へ。レストランを再オープンしたシェフとマダムの人生から、さまざまな余生の過ごし方を考えた。


この5月、北海道の新富良野プリンスホテル敷地内に、脚本家・倉本聰さんが監修したレストラン「ル・ゴロワ フラノ」がオープンした。

シェフの大塚健一さんとマダムの大塚敬子さんは、もともと東京・神宮前で北海道食材にこだわったフレンチ「ル・ゴロワ」を営んでいた。「北海道に移住し、さらなる理想を追求した店を開きたい」というのがふたりの積年の夢であり、常連客のひとりだった倉本さんが相談にのってくれたのだという。僕も20年、足繁く通った客のひとりとして、その夢がいよいよ実現することを楽しみにしていた。

倉本さんが中心となり、新富良野プリンスホテルのゴルフ場を森に還す事業を始めたのは12年前。「ル・ゴロワ フラノ」はその森の中にあり、店舗デザインやロゴデザインも倉本さんの手による。だが、倉本さんの監修はそれだけではなかった。

「フレンチよりイタリアンがいいんじゃないか?」。30年以上フレンチシェフとして生きてきた大塚さんにとって、倉本さんのその言葉は晴天の霹靂だったに違いない。

「北海道の食材そのものの魅力を打ち出すのは、ソース文化のフレンチより、イタリアンのほうがよかろう」と、旅費を渡された大塚さんは、イタリアへ修業に。帰国して試行錯誤するも、なかなかメニューは定まらない。

「先生、これは無理です」と言うと、倉本さんは「君はいまいくつだね?」と尋ねたという。57歳ですと答えると返ってきた言葉は「そんな若いのに、泣き言を言っちゃいけない」。

倉本さんは現在83歳で、2019年に1年間放送される連ドラ『やすらぎの刻(とき)〜道』を執筆中である。向上心を失わず、万年筆を日夜走らせ続ける大先輩の言葉に、大塚さんは奮起したのだろう。

僕はプレオープニングに招待されたのだが、内装にも料理にも想いやこだわりが隅々まで表現されていて、まさに「富良野」でしか味わえない素敵な時間を過ごすことができた。大塚夫妻の人生後半に入っての英断に、心からの拍手を贈りたい。

苦楽をともにした仲間と余生を

それにしても倉本聰という人は巨人だ。2017年に放送された『やすらぎの郷さと』も、実に挑戦的なドラマだった。

描かれるのは、“昭和のテレビ界で活躍した人”のみ入居可能の老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada(ラ・ストラーダ)」での悲喜こもごも(しかも演じるのは往年の名優たち!)。

友情や愛情、死というテーマはもちろん、現代のテレビに対する批判も描かれ、実在のテレビ人が公の場で「老後はやすらぎの郷に入りたい」と冗談を言うほどインパクトがあった。

なんといっても、苦楽をともにした仲間と付かず離れずの距離で余生を過ごせる(そして近々訪れる死を看取ってもらえる)というのは、まさに老人ホームのあるべき姿を表していた、と僕は思う。

老人ホームではないが、「ここなら入院してもいいかな」と思った病院がある。

ドモホルンリンクルで有名な再春館製薬所が2006年、熊本県の病院を買収し「桜十字病院」と改称、次々と画期的な改革に乗り出した。そのひとつが病院食だ。僕も入院経験があるのでよくわかるのだが、入院患者のいちばんの楽しみは食事である。桜十字病院は「食べて味わい、楽しんでいただくこと」をモットーに食事づくりに取り組んだ。

例えば四季を彩る食材を使った月に一度の「四季彩膳」、広島県「もぶり飯」や山口県「瓦そば」など故郷の味や食べたことのない地域の風土料理、誕生日を祝う「バースデーバイキング」など、これらが栄養改善はもちろん、患者の日々の喜びに一役買っていることは言うまでもない。

その桜十字病院から以前、新設カフェのコンセプト依頼を受けた僕は「まってるカフェ(連載第28回に詳しい)」を提案した。入院患者は退院の日を待ち、家族や友人を待つ。お見舞いに訪れる人は自分を歓迎する相手の想いを感じたり、生そのものに感謝したりする。

「患者さんやお見舞いに来た人が大切なものに気づく最大のチャンスを病院で」、それが「まってるカフェ」のコンセプトの骨子である。やっぱり入院するなら、明るくて清潔で、食事が美味しくて、スタッフがみんな笑顔なのがいちばんですよね?

イラストレーション=サイトウユウスケ

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