ビジネス

2015.03.06

「人間存在の根源に迫りたい」渾身の気迫が生んだ最高のビジネス書 [CEO’s BOOKSHELF]




社会心理学講座 
<閉ざされた社会>と<開かれた社会>

小坂井敏晶(著)
筑摩書房 1900円+税/416ページ

こざかい としあき
◎パリ第八大学心理学部准教授。
1956年愛知県生まれ。94年、フランス国立社会科学高等研究院修了。著書に『異文化受容のパラドックス』(朝日選書)、『増補 民族という虚構』(ちくま学芸文庫)、『責任という虚構』(東京大学出版会)、『異邦人のまなざし』(現代書館)、『人が人を裁くということ』(岩波新書)など。


出口治明 ライフネット生命保険代表取締役会長兼CEO

 あえて少し古い本を紹介させていただく。その理由は、掛け値なしに素晴しい本を見つけたからだ。僕は、自分でビジネス書を書いているので、天に唾する行為であると認めた上で、「ビジネス書10冊は古典1冊に及ばない」と言い続けている。

 それはなぜか――。あらゆるビジネスは、人間と人間がつくる社会をその対象としている。だとすれば、人間を根底から、かつ部分的にではなくトータルに理解することが、ビジネスの核心となる。歳月の重みに耐えて選び抜かれた古典は、人間とその社会を描いて余すところがない。だから、古典こそが最高のビジネス書になりうるのだ。

 ところで、古典ではない本書をなぜ紹介したいと思ったのか。大きく2つ理由がある。
僕は還暦でベンチャーを興したが、現在のグローバル企業もスタート時点はすべてベンチャーであったはずだ。
なぜ、少数派に過ぎないベンチャーの中から、やがて大を成す企業が現れてくるのか――。

 本書は、少数派が成り上がる社会的なメカニズムを順序立てて教えてくれる。すなわち、社会の同一性を維持しながら変化するシステムは、どのように可能なのか、と。目からウロコが落ちた。人間のチャレンジ精神のみが世界を変えるのだと、大いに勇気づけられたことが本書推奨の第1の理由である。
第2の理由は、自分の頭で考えることの重要性をここまで突き詰めて教えてくれる本は滅多にないからだ。
学問であれビジネスであれ、すべては常識を疑うところから始まるが、たとえば、著者に「犯罪は正常な社会現象」と喝破されると、読者は嫌でも自問せざるを得ない。“これは正しいのか”“自分はどう考えればいいのか”と。「本当に大切なのは自分自身と向き合うことであり、その困難を自覚すること、それだけです」と著者は言い切る。しかし、これこそが、海図なき現在にあって、経営者や管理者に何よりも求められていることではないか。

 経営トップは、孤独に耐え自分ひとりで決断するしかない大変な職業である。自分の頭で、自分の言葉で、森羅万象を腹落ちするまで考え抜き、自分の意見を述べること、自分で決断できることが、これからのリーダーの最大の条件なのだ。

 本書は、著者がパリ大学の修士課程で行った講義を10年かけてまとめたものだという。「人間存在の根源に迫りたい」という著者の渾身の気迫と、10年という時間の凝縮が、かくも見事な著作に結実したのだ。このような講義を受けられる学生は幸せだ。そして、我々もまた。

出口治明

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