温暖化で注目、イギリスが「第2のシャンパーニュ地方」になる日

ハイ・クランドンのスパークリングワイン


二人が作るワインは、彼らの「理想の暮らし」の夢が詰まっているだけではなく、戦略的にも優れている。ハイ・クランドンでは毎年1銘柄のスパークリングワインだけしか醸造しないのだ。

アシュトンさんによると、現在イギリスで作られているワインの70〜80%がスパークリングワイン。寒冷な気候で、ぶどうの甘みが比較的少なく酸が強いため、ドサージュ(補糖)ができるスパークリングが主力になっている。また、イギリスが世界最大のシャンパン輸入国であることが示すように、大きな需要があるのも間違いない。

作りやすく、売れ筋でもある商品に絞り込み、それだけを生産することで、リスクを軽減することができる訳だ。

さらにハイ・クランドンには、小規模ゆえのメリットもある。仕事量が多すぎないため、基本的に人を雇わなくて良い。この日は時々広報を手伝っているという友人のエマ・ライスさんが案内してくれた。




夫妻の自宅すぐ横に広がるぶどう畑は、容易に見渡せる約1エーカー(4046平方メートル)のみ。夫のブルースさんがイギリスのプランプトン大学でぶどう栽培学と醸造学を学び、さらにコンサルタントのアドバイスを受けて、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエ、シャルドネの合計1250本のブドウの木を植えている。

2007年に初のワインを作り、5年の熟成を経て、2012年にリリース。寒冷地だけに、味わいを補強するために、シャンパーニュ地方では2〜3年が通常の瓶内熟成に5年かけてている。

濃い味わいのブドウにするために、水やりは行わない。その代わりに日照をしっかりと受けるために実にかかる葉を取り除くなど、細かく手間をかけているが、「それも、ガーデニングの延長線上。自分で育てたぶどうが成長していく様子を見るのは素晴らしいわ」と、オーナーのシビラさんは笑う。2人は訪れる客の案内をするだけでなく、ブドウ畑の手入れも、自ら行なっている。



一年で最も人手を必要とする収穫時は、臨時で5人ほど雇うが、基本は家族や友人などが総出で行うアットホームなスタイルだ。ぶどうの収量は年間3トンで、収穫した後の醸造は、大手の醸造メーカーに任せる。醸造本数は1500〜2500本で、売り切れたらそれで終わり。小規模だからこそ、自分たちのできる範囲での仕事を行う。楽しむためのワイン作りだ。

「毎年違う」が愛好家を魅了

とはいえ、困難に直面したこともある。「一番ひどかったのは2012年。ブドウが全く収穫できず、その年はワインが作るのを諦めました」とシビラさん。イギリスのブドウ作りにおいて、一番の大敵は春から初夏にかけての霜だ。せっかくついた芽が凍り、ぶどうが収穫できなくなるのだ。

「霜の出やすい丘の下の方にはぶどうを植えなかったので、ここのところ大きな被害はないのですが、まさに自然任せです」

しかし、その「自然任せ」のスタイルが、逆にワイン愛好家を惹きつけるのだという。安定した味わいを生み出すため、リゼルヴ、と呼ばれる過去のビンテージを複数混ぜ合わせる通常のシャンパンのスタイルと異なり、収穫できたぶどうありきで、どんな作りが良いかを考えて醸造するので、仕上がりは毎年異なる。

こだわりはシングルヴィンヤード、つまり毎年同じ、単一畑のぶどうを使うことだ。ある意味その年の気候をそのまま反映した味わいになるため、それが魅力だと毎年買うリピーターもいるという。
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文・写真=仲山今日子

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