待っていたら食べれない、また会いに行きたい「松輪サバ」

(c) 高田サンコ

そのサバのお刺身は、口に入れるとプリッとしたハリを感じさせ、体温でふわりと溶けていく。酢で締めた「締めサバ」はさらにうま味が引き立ち、キレの良い後味が次々と箸を誘う。皮を炙った「炙りサバ」は脂がとろとろと流れ出し、サバのうまさを最大限に味わえる。

私が今食べているのは本当にサバなの? サバの概念が崩れてしまいそう。これは普通のサバではないのです。

その名は、「松輪サバ」。

いつかの夏の終わり頃。月刊ヤングマガジンで連載していた「海めし物語」の取材に、神奈川県の三浦半島へ向かいました。知る人ぞ知るブランド魚、「松輪サバ」を実食しに!

ところでブランド魚とは地域の漁業協同組合によって商標登録されたもので、規格や安全性、品質などは確かなもの。大間マグロ、関サバ、明石タコなど、多くは産地の名と魚の名で作られています。

しかしブランドとはいえ天然の水産物は安定供給が難しいもの。天候や水温などにより漁獲量が変動しやすいため、旬の時期にはいつでも食べられるというものではありません。

さて取材当日。三浦半島の南端、松輪の間口港へ到着。小ぢんまりした港には、船が陸に並んでいる!? なんと、その日は台風の接近により漁はお休みだったのです。

ブランドサバは食べられるのか? 不安をよそに「輪中」のご主人は明るく迎えてくれました。「松輪サバ、ありますよ!」と。

良かった。普段の鮮魚売り場では見ることのないブランドサバを味わえる。もともと私はサバが好きだ。サバの味噌煮は普段食べたいものベスト3には入るし、お弁当屋さんでも定食屋さんでもサバの塩焼きを高確率で選んでいる。

でも、嬉しいような、そうでないような……。サバが好きなのにもかかわらず、たいして喜んでいない自分に気が付いてしまいました。私はいつものサバで満足している。時には臭みや脂っこさにウッとなることもあるけれど、そこもひっくるめて好きなのだ。今まで私は、サバへの批判を口にしたことはない。

ブランド魚として目の前に並べられた松輪サバのお刺身たちを前に、いつものサバへの地味な背徳感が芽生える。ハイスペックサバと出会っても、いつものサバを見限るようなマネはしないよ! そう思いながら松輪サバのお刺身を口にした次の瞬間、「いつものサバ」のことは忘れました。

それはまさしく初めて口にした、とてつもなく美味しいお刺身との“出会い”でした。

まるでサバらしくないのです。脂はよくのっているけど、いつものサバらしい臭みや口に残る脂っこさがない。それに今日は漁がお休みだから昨日のサバのはずなのに、なんでこんなにハリがあるの? なんて美しいピンク色なの……?
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文=高田サンコ

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