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2018.09.11 18:30

「コピー取りも世界一の努力を」日本人の父と母の教え


時は、08年。世界金融危機の真っ只中だった。口々に言われた。もっと大きなベンチャーキャピタルで働いた方がいいんじゃないか。しかし、彼女はメイプルズのアイデアに大きな可能性を感じた。

「もはや大きな額の投資は不要な時代なんだ。スタンフォード大学にいるようなアントレプレナーは500万ドルのような大きな投資ではなく、50万ドルという少額の投資を求めている。しかし、誰も彼らに投資してあげる人はいない。僕らでやろうじゃないか」

リスクよりも“できる”という自信が先に立った。同年5月、メイプルズとフラッド・ゲイト社を設立。しかし、そこからが挑戦の始まりだった。

会社を設立して数カ月後に妊娠。母親との博士課程を終えるとの約束も、どうしても守りたかった。毎朝4時に起きて論文に取り組んでから仕事に行った。18カ月の娘の世話をしている時、また妊娠。息子を出産してから6週間後には論文を提出しなければならなかった─。

「もちろん両親や夫の助けがありました。しかし、なんとか博士課程を終えることができました。これはとてつもない自信になりました。私は何者か?と聞かれると『偉大なことを成し遂げた女性テクノロジスト』(笑)。そのことを誇りに思っています」。

そうしたワールドクラスの努力に裏打ちされた自信が、ミウラ・コーの判断を支えてきたのだ。現在も、ミウラ・コーはスタンフォード大学工学科でアントレプレナーシップを教えている。

「私が最も情熱を傾けているのは、何も差し出すものがない一少女にルー・プラットがしてくれたように、私が学んできたことや経験を共有することです。投資家の仕事もその延長です」。

10年後は?と聞くと「今と同じ仕事がしていたい」という。しかし、自身の3人の子供が成長した姿とともに、投資する企業の未来の姿がしっかりと脳裏に浮かんでいる。

「リフトと書かれたサインが掲げられたリフト専用の乗り場がどの空港にも設置されるような未来がきっと来ます。リファイナリー29のトレーナーを着ていたら“その会社大好きだよ”と声をかけられ、アヤスディが癌治療に貢献する日も来るのです」

断言するミウラ・コー。今日も「家族」のように、自身の存在をかけて“共謀”できる起業家たちを探し、ビジネスアイデアに耳を傾ける


アン・ミウラ・コー◎1976年生まれ。日本から移住した父と母の元、サンフランシスコ郊外ベイエリアで育つ。イェール大学に医学と音楽のダブルメジャーで入学するも、電子工学で卒業。マッキンゼー、チャールズ・リバー・ベンチャーズを経てスタンフォード大学院応用数学で博士号取得。2008年にマイク・メイプルズとフラッド・ゲイトを共同創業。投資先であるリフト、リファイナリー29、アヤスディなどの取締役も務める。

文=飯塚真紀子 写真=クリスティー・ヘム・クロック ヘアメイク=ケイティー・ミューラー 構成=岩坪文子

この記事は 「Forbes JAPAN 100通りの「転身」」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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