もうひとつのカンヌ作品「寝ても覚めても」が照らす邦画の未来

(c)2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINEMAS



主演の唐田えりかと東出昌大

昔の恋人とそっくりな男性を愛してしまう女性の、戸惑いと贖罪意識を描いた作品だが、東日本大震災をきっかけにふたりは急速に距離を縮め、一緒に生活することになる。亮平の口からは「結婚」という言葉まで出るのだが、朝子の心はすっきりしない。ふたりの間に漂う微妙な心理状態。濱口監督の作品は、このあたりの表現が実に巧みだ。

ふたりが飼う猫のジンタンの映像を、たびたびインサートしながら、揺れ動く男女の関係を巧みに表現していく。これまでの作品でも見せていた、心理の襞まで映し出す、際立った演出だ。同じ顔を持った男性を愛してしまうという非現実なシチュエーションにもかかわらず、そこに確かなリアリティを感じさせるのは、やはり濱口監督の知的で繊細なアプローチのなせる技だ。

「荒唐無稽さと細密な生活描写を合わせ持つ原作の面白さに惹かれた」という濱口監督、これまではオリジナル作品が多かったが、この柴崎友香の小説は、一読、映画化を熱望したという。映画では、物語の骨格はそのままに、劇中のターニングポイントとなるところに、長年こだわり続けている東日本大震災に関連する場面を織り込み、登場人物の心のうちに深く斬り込んでいる。

また、原作の小説では、主人公の朝子が見つめる街の風景やテレビの画面などが、かなり細かく描写されていくが、濱口監督は、その視線を活かしつつ、海や川や空などの自然描写を取り入れ、印象的な場面をつくりだしている。主人公の視線の先にあるものが、観ていてついつい気になってしまうのだ。

同じ顔を持つふたりの恋人、麦と亮平を演じた東出昌大の演技も注目だ。外見はそっくりだが、中身はまったく異なる人格を、ニュアンス豊かに見事に演じ分けている。とくに自由で予想もつかない行動に出る麦の演技には、これまでにない東出昌大の新しい側面を見た。この一人二役も、作品を観る楽しみかもしれない。

いずれにしろ、今年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に、日本から「万引き家族」と、この「寝ても覚めても」が出品されたということは、日本映画の未来を明るく照らしているようにも感じる。もし、この「寝ても覚めても」で、濱口竜介監督の作品が気に入ったのならば、ぜひ彼のデビュー作である「PASSION」と5時間17分の長編「ハッピーアワー」も観て欲しい。濱口ワールドにハマることこのうえなし。

連載 : シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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