もうひとつのカンヌ作品「寝ても覚めても」が照らす邦画の未来

(c)2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINEMAS

今年のカンヌ国際映画祭では、最高賞のパルム・ドールを受賞した「万引き家族」と並んで、コンペティション部門に出品された日本映画があった。濱口竜介監督の商業映画デビュー作にあたる「寝ても覚めても」だ。

今回のコンペティション部門には、地元フランスのジャン=リュック・ゴダール監督「Le Livre d’image」、アメリカのスパイク・リー監督「Blackkklansman」、韓国のイ・チャンドン監督「BURNING」など、世界の名だたる監督の作品をはじめとして、全部で21作品が出品されていた。

結果は、ご存知のように是枝裕和監督の「万引き家族」が最高賞に選ばれたのだが、もうひとつの日本映画「寝ても覚めても」も、かなりの高評価を得ていた。「人間の魂を追求する、比類ない映画」(Le Monde紙)、「カンヌで栄誉を与えられるべき作品」(Libération紙)、「冒頭のシーンから、胸が高鳴る」(Paris Match誌)など、フランスの各メディアからも絶賛されていた。

濱口竜介監督は、1978年生まれ。東京大学文学部在学中は映画研究会に所属。2006年に東京藝術大学大学院映像研究科に入学。大学院の修了制作である「PASSION」が、いきなり海外のサン・セバスチャン国際映画祭に出品され高い評価を得る。その後、東日本大震災を題材としたドキュメンタリー「なみのおと」「なみのこえ」を発表(酒井耕との共同監督)。

その名を一躍世に知らしめたのは、上映時間5時間17分にも及ぶ長編映画「ハッピーアワー」だ。演技経験のない女性4人を主演に起用したこの作品は、第68回ロカルノ国際映画祭のインターナショナル・コンペティション部門で主演女優賞を獲得。その他にも、ナントやシンガポールなど世界各地の映画祭で、主要賞に輝いている。


滝口竜介監督

これまでどちらかというと個人映画的な色彩が強かった濱口監督の作品だったが、この「寝ても覚めても」は、初めて商業映画の枠組みで撮ったもの。しかも、濱口作品ではめずらしく、原作もあり、芥川賞作家である柴崎友香の小説を基にして撮り上げた、恋愛作品でもある。

主人公の朝子は、ほとんどひと目惚れのような状態で、不思議な雰囲気を持つ麦(ばく)と恋に落ちる。友人の家に居候している麦は、どことなく浮遊感を漂わせており、ふらりと出かけることがよくあったが、ある日、「靴を買いに行く」と言ったまま、朝子の前から姿を消してしまう。

2年後、朝子は、大阪から東京に出てきて喫茶店で働いていたが、出前のコーヒーポットを取りに行った日本酒メーカーの会社で、麦にそっくりな亮平と出会う。顔を見て、「バク」と思わず声を発した朝子に、亮平は複雑な顔を見せるが、その時、ふたりの心のなかで何かが動く。
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文=稲垣伸寿

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