共に、生きる──社会的養護の窓から見る


施設を出て以来、特に社会的養護に関わっていなかったのですが、ずっと施設の子どもたちのことが気がかりではありました。

それまで、自分が児童養護施設出身であることは、あえて言う必要もないと思ってあまり周りに言ってきませんでしたが、あるとき人前で自己紹介する機会に話してみました。そうしたら興味を持ってくれる人がけっこういたんです。

でも、自分に分かることは答えられるけど、知らないこともたくさんあって。施設にいた先輩たち、あそこで見たこと、感じたことが、いまはどうなっているのか調べてみたら、現状、あまり変わっていないことを知りました。

地方ではまだまだ社会的養護のアフターケアの取り組みは十分とは言えません。施設の職員さんに聞くと、いまいる子どもたちで手いっぱいで、施設を出た子のケアまで余裕はないと言います。施設を出た後の子どもたちの話を聞くと、逮捕されたり、ホームレスになったり、道ばたで死んでいたり、そんな事例がたくさんあります。自分がいた施設にもそういう人がいたと聞いて、すごく身近にいたことに驚きました。


「RAILROAD SWITCH」の劇中、同じ施設で育った和樹(左)と弘也(右)がお笑いライブで再会するシーン

そんな話をすると、「本人が選んだんでしょ」と、自己責任論で片付けてしまう人がいますが、ぼくはそれは少し違うんじゃないかと思うんです。

もし自分が同じ環境に置かれたら、同じ選択をしないと本当に言い切れるでしょうか。でもそれも、社会的養護を受けてきた子どもたちの状況があまりにも知られていないので、そこまで考えがいたらないのだと思います。だからこそ、少しでも現状や課題を知っている自分が映画という手段で伝えていきたい。

ただ、どうしてもテーマとしては重くなりがちです。いくら「社会的養護とは!」と叫んでも、自分に関係ないと思う人は聞いてくれません。でも映画だったら、自分とまったく関係ない人生に感情移入して楽しむことができる。どうせ作るなら、興味のある人しか見ない映画ではなく、関心のない人にも知ってもらえる、話題にしてもらえる、気軽に見られる映画を作りたいと思いました。

──自分自身の経験に基づいた作品を作るのは、自分の思いと客観的な視点のギャップが大きくて大変そうです。

すごく大変でした(笑)。こんな20分ほどの映画ですけど、シナリオを書き上げるまで1年ぐらいかかりました。最初のシナリオでは僕の言いたいことが強すぎて、役者さんから「これはお前の思いが強すぎるから、映画じゃなくてこのまま文章で発表した方がいいよ」と言われました。

たしかに、文章に比べて映画で伝えられる情報量は本当に少ないんです。映画の場合、「こういう事象があるので観る人が考えてください」という表現手法が基本です。映画の勉強をしてきて分かっていたはずなのに、指摘されて改めて気づきました。

どうしたら、施設出身ではない役者さんたちに「おもしろい」と言ってもらえるものが作れるか考え、作劇の基本に則り、シナリオのなかで語るべきことを極限まで削る作業をしました。最終的には、いろんな人に読んでもらい、役者さんにセリフ部分を書き直してもらい、なるべく客観的に、一般の人におもしろいと言ってもらえることを意識して仕上げていきました。

その結果、映画を見た人のなかに、ぼくがあえて削ぎ落したところ、たとえばキャラクターの背景などを考えてくれる人が現れ始めました。みなさんの感想を聞いて、このやり方で間違ってなかったと感じました。

文=矢嶋桃子

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