まるで「宝探し」のように
──微生物に興味をもったきっかけは、どんなことだったんですか?
都市環境微生物の研究を始める前に、まずは人間の体表にいる微生物を調べ出したのが始まりでした。もともと、高校生のときに出身地の山形県鶴岡市で、慶應義塾大学先端生命科学研究所(以下、先端研)の特別研究生に応募したのがきっかけでした。
周りの人は鶴岡市に慶應の研究室があることや、そこでどんな研究をしているのかをほとんど知らなくて、応募者はぼくを含めて5人くらいだった。子どものころからずっと「他の人とは違うことをしたい」「みんなと同じ勉強をしていても意味がない」という思いが強かったから、大学生に混じって、同級生は誰もやっていない研究ができることがぼくにはとても魅力的だったんです。
先端研の学生に相談しながら最初に始めたのが、皮膚に住む微生物の研究でした。テーマは「アトピーの海水治療の科学的根拠の解明」。長い間、アトピーの民間療法として海水浴が行われていたのですが、科学的根拠があまり示されていなかったんです。そこでぼくは、アトピー部位に海水をかけると、皮膚の微生物がどう変化するかを研究しました。
研究結果が出るとさまざまな学会で発表する機会をもらえ、手応えを感じていくうちに、まだ誰もわかっていない領域を解明することの楽しさを覚えて。「大学でもこの研究を続けたい」と思ったことからSFCに入学したんです。
慶應義塾大学SFCの伊藤が研究を行う建物。現在休学中の彼は、毎日ほとんどの時間を費やしここで研究活動を行っているという。
──まだほとんど知られていない「都市環境微生物」という新しいジャンルを、どのようにして知ったのでしょうか?
コーネル大学医学部が行った「地下鉄の微生物解析」の研究を知ったことです。ぼくが大学に入学したころ、この研究を皮切りとして世界的に公共施設に生息する環境微生物の研究が注目され始めました。そこで言われていたのが、人の体の外側で存在している微生物のうち、知られている微生物はごくわずかなんじゃないか、ということだった。
それを知り、もし残りの大部分の微生物が明らかになったなら、人類はもっと飛躍的に進化するんじゃないかと思いました。こんなに未知の可能性を秘めた分野って、まるで宝探しのようで楽しそうだなと思ったんです。そこで、人間の皮膚や体内にいる微生物から、都市環境にいる微生物へと興味が移っていきました。
──伊藤さんが代表を務める、都市に生息する微生物を採取・解析するプロジェクト「GoSWAB」について教えてください。
GoSWABプロジェクトでは、都市環境に生息する微生物の分布や機能を調査し、人とのかかわりを研究しています。大学2年生のときに東大と慶應の学生8名でスタートし、いまではその他の大学の学生も含めて12名で活動中です。
これまでに都内の大学やデイサービス、渋谷のハチ公前など約10カ所で、500以上のサンプルを収集してきました。サンプリングには海外から輸入した保存液が入ったチューブと綿棒を使っていて、まずは綿棒でエスカレーターの手すりや街中の壁、エレベータのボタンのようにたくさんの人が触れるところなどをこすって、微生物のゲノムを取ります。そして綿棒の先を保存液に浸けて保管し、解析していきます。