レバノン映画「判決、ふたつの希望」、法廷劇の陰に母の存在

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些細な諍いが国を揺るがす政治問題に。(c) TESSALIT PRODUCTIONS – ROUGE INTERNATIONAL

「小さい頃から、母が家で熱心に仕事をしているのを見てきた。それほど大きな訴訟を扱っていたわけではないが、いつも権利を奪われた人のためには徹底的に闘っていた。正義(ジャスティス)というのは人それぞれにあるが、公正(フェア)は揺るがし難い。不公平を正したいというのが弁護士としての母の信念だった」

ドゥエイリ監督が、1998年に初めての長編映画「西ベイルート」を製作していたとき、事前に未編集のデータが漏洩し、2ドルで売られていたという「事件」があった。監督の母は激怒して、周囲は多額の訴訟費用がかかるので止めておいたほうがいいと反対したが、それを押し切って賠償額300ドルのために徹底的に法廷で闘った。

「ぼくの人生において母の影響はかなり大きい。今回の作品にしても、母から学んだことが色濃く注がれている。ぼく自身、レバノンの内戦を生き抜いてきて、いろいろなものを目撃して、そして失ってきた。でも、人間としての生きる権利を奪われることになったら、獣のように暴れて闘いたい。それを、身をもって教えてくれたのが母だった」

背後に見え隠れする負の歴史

「判決、ふたつの希望」では、法廷場面の他にも印象的な場面は多い。とくに諍い合うふたり、パレスチナ人のヤーセルとレバノン人のトニーが、法廷外で顔を合わせるシーンでは、互いの心の内を表す巧みな表現が散りばめられており、心憎い演出を感じさせる。


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レバノンと言えば、1975年から1990年に至る16年間、宗教、人種、国家入り乱れての内戦状態にあった。キリスト教とイスラム教、レバノン人とパレスチナ人、この小国(面積は岐阜県と同じくらい)を挟むイスラエルとシリア、ひと口では説明できないようなさまざまな勢力が対立し、混乱状態にあった。

かつて「中東のパリ」と称されたベイルートは、西と東に分断され、街には瓦礫の山が築かれた。地中海沿いに立っていた瀟洒なリゾートホテル群も、各陣営の闘いの砦となり、戦火に覆われた。静かにではあるが、この「判決、ふたつの希望」のなかでも、それらの負の歴史が、裁判を通して語られていく。

「レバノン内戦に関して言えば、ひじょうに複雑なものがあり、簡単にコメントするのは難しい。でも、少なくとも言えるのは、子供時代、ティーンエイジャーを内戦のなかで過ごして、自分はこういう人間になったということだけは言える。いまの自分をつくっているのは、内戦を経てきた体験なのだ」

レバノン映画「判決、ふたつの希望」は、法廷劇という形式を借りながら、胸を打つヒューマンドラマを描いてみせるが、背後には歴史の暗部や今日的な政治イシューも盛り込まれている。確かな手腕を見せたジアド・ドゥエイリ監督には、いまも尾を引くレバノン内戦に正面から取り組んだ作品も今後期待したい。

連載 : シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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