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時計の針を少しだけ戻そう。大学時代にバングラデシュ南東部の先住民族チャクマの村で暮らした経験をもつ渡部は、「国家が守らない国民」が存在すること、国連やNGOにも彼らを守るのが難しいことを痛感していた。その後日本で「人間の安全保障」を冠する大学院のプログラムへ進学を決めた渡部は、少しずつ「日本のなかの難民」というテーマを見出していくことになる。

WELgeeの構想を思いついたのは進学直前の16年2月のことだった。

「最初は難民がどこにいるかすらわからなかった。いくつもの難民支援団体に無理を言ってお話を聞かせていただいたものの、個人情報のこともあって、難民の方に直接会えたわけではありませんでした」

彼女は仲間と一緒に、野宿している難民を探して冬の街を歩いた。とある駅の近くで見かけたアフリカ系の男性は、暖かい空気が出る排気口のそばに静かに座っていたという。

もうひとつの転機は、カトリックの教会が主催する難民向けの日本語教室で教え始めたことだった。「最初の生徒が、その後一緒に活動することになるFでした」。

Fはコンゴ出身の若い男性で、牧師、エンジニア、NGO職員などさまざまな顔をもっていた。一見「ハイスペック」な彼はしかし、日本社会のなかで自分の存在が拒絶されるような体験を積み重ねていた。



「Fは、日本でできた友人に『難民』であると告げた途端、彼らが離れていってしまう、病院の医師も『難民』であると知ると態度を急変させる、そういう経験を何度もしていました。彼は留学生のフリをして、素性を隠すようなことまでしていたんです」

「難民」というラベルで目の前の人間を特別視し、態度を変え、冷たく扱う人々。政府や入国管理局が難民認定に厳しすぎるだけでなく、普通の人々も「WelcomeRefugee」からは程遠い態度で暮らしている。そんな現実を渡部は思い知った。

共に生きる方法を探して

渡部は16年夏にドイツへと視察に訪れている。ドイツは当時、中東・アフリカからの難民の大量流入を経験しており、市民社会のなかから難民と社会を媒介する専門的な組織や企業が生まれていた。

そんなドイツで、渡部は難民とホームステイのマッチングを行う「Refugees Welcome(RW)」という自分たちとよく似た名前の団体に出合った。

「RWはフラットシェアをしていた若者3人が立ち上げた団体です。ある時ひとつの部屋が空いたからと、マリからドイツに逃れてきた青年を招き入れたのが始まりだったそうです。その青年と共に過ごした時間を通じて『難民』に対する偏見がなくなり、遂にはホームステイをマッチングする事業まで立ち上げてしまったんです」

帰国した渡部は早速、日本で難民ホームステイ事業の立ち上げを試みる。ホームレス状態の当事者たちを何人も知っていた彼女は、日本の一般家庭でのホームステイが彼らにとってひとまずの居場所になることを期待していた。

しかし、さまざまな偏見や心配から、なかなか1件目のマッチングが決まらない。痺れを切らした渡部は、ひとまず自分の実家でFを1週間受け入れることからこの事業を開始することにした。

「ひとつ『前例』がつくれたことで、ホームステイのマッチングが軌道に乗り始めました。去年の夏にその様子がテレビに取り上げられて、福島から長崎、沖縄まで、全国の家庭から『うちに来ませんか』という連絡が届くようになったんです」

WELgeeは今年に入ってさらに動きを加速。難民が緊急時に宿泊可能なシェルターや、難民と地域社会とが長期的な関係をつくっていく拠点としてのシェアハウス用の物件を矢継ぎ早にオープンした。


クラウドファンディングで約400万円を集めて購入した一軒家をDIYで改装。地域の人々を招き、イベントを開催することもある。

WELgeeの目下の目標は、難民一人ひとりがもつ専門性やスキル、志を生かした就労機会とのマッチングだ。怪しい業者に騙されブラックな現場で酷使されるのを防ぐだけでなく、よりポジティブなかたちで彼らをこの社会に活力を与える存在として捉え直していけるはずだと渡部は信じている。

文=望月優大 写真=上澤友香

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